ショパンのポロネーズ第6番、『英雄』。の大好きな曲のうちのひとつだった。この曲が弾きたくて、ピアノを真剣に練習したと言ってもいい。
題名通りの勇ましい旋律に心が震えるし、かつどこか繊細で、美しい部分もある。和音の連続、その壮大さ。
ルーピンの視線を背中に感じながら、は鍵盤を叩いた。誰か一人のために、これほどまでに聴いてほしい、と思ってピアノを弾くことは、生まれてはじめてのことだった。
曲が終了すると、背後から拍手が聞こえた。は振り返ることなく、「ありがとう」と言った。

「この曲は?どこかで聴いたことがあるんだけどな……」
「ショパンの英雄ポロネーズ」
「へえ。すごいなあ……音楽って……こうやって近くで聴いたことがないから……」
「もっと上手い人の演奏なら、もっと感動すると思いますよ」

そう言いながら、は伯父のことを思い浮かべた。

「そんなこと。すごく、感動しました」
「ありがと」
「もっと、音楽について勉強したい、知りたい、って思いました」
「本当?それなら、いろいろ聴いてみるといいと思います。クラシックだけじゃなくて、ジャズもいいし、ポップスでも、民族音楽でも」
「おすすめは?」
「うーん……やっぱりショパン、かな。ポロネーズもいいし、『ピアノ協奏曲 第1番』も。大好きなんです、その曲。あとは、ジャズも敬遠されがちだけど、私は好きで」
「あれ、……でもそれって、マグルの音楽ですよね。マグルの方なんですか?」
「え?ああ、うん、……そうです」

彼に深く関わりすぎた、とは思った。個人的にはとても満足だけれど、……。
そうだ。ダンブルドアに言って、最後には記憶を忘れてもらえばいいんだ。ダンブルドア自身もその薬を飲むといっていたし、ルーピンにも飲んでもらえば。なら、まあ、いいか。

「あの、……良かったら、敬語、使わないでもらいたいんです。なんだか、その……歯痒いので」

ルーピンに敬語を使われると、なんだかおかしな気分になる。彼の方が本来は年上なのだから。

「え?あ、……そう、……?なら、僕も」
「私はいいですよ」
「僕だって、変な感じがするから」
「そう……?」
「うん」

彼の顔は見えないが、声の調子から笑っているんだ、と感じた。

「でも、マグルの音楽なら、この辺では聴けないかな」
「そう…………ね。ロンドンまで行かないと」
「そうかあ。今度行った時に、探してみようかな」
「聴くならレコードプレーヤーがいいです……よ。あの古めかしい音が、私は好き」
「へえ。    ああ、そろそろ行かないと」
「そうね」

うっかり話し込んでしまった。ルーピンは、扉の方に歩みを進めていく。

「二つだけ、質問をさせてもらいたいんだけど……答えにくかったら、答えなくてかまわないから」
「なに?」
「どうして顔を隠してるのかな、って」
「ああ、これは……あまり顔を見られるのはまずいかな、って」

けれど、ここまで関わってしまったのだから、今更隠しても仕方ないかもしれない。
ふうん、とルーピンは言った。

「あと一つは    名前を」

教えてもらいたいんだ。
少し躊躇ってから、は答えた。

……

 

それから、ルーピンは時折この部屋に姿を見せるようになった。それは決まって夜のことで、透明になれるマントか、人の動きが記されている不思議な地図を手に持っていた。

「今度、友達も連れてきていいかな?」
「うーん……それはまずいかな……。本当は、こうやって、誰かと関わりを持つことも避けなければならないんだけど」
「そうなんだ    
「ねえ、友達は、どんな子がいるの?」

は相変わらずフードを被っていた。なんとなく、外すタイミングを逃してしまったし、こうすることに慣れてしまっていた。ルーピンもそれについては特に何も触れなかった。

「親友が、3人いるんだ。一人は、ジェームズ。ジェームズ・ポッター」
「ポッター?」

まさか、あのハリー・ポッターの父親だろうか。そうだとすると、……悲しい現実が待っていることになる。は動揺を悟られぬように、そっと呼吸をした。

「ホグワーツで一番頭が良くて、気さくで、明るくて、人気者。眼鏡を掛けてるんだ。あとは、ピーター・ペティグリュー」

その名も聞いたことがある。確か、彼も亡くなったはず、……。

「背が低くて、弟分みたいで。それで、女の子にすごく人気があるのが、シリウス・ブラック」
「シリウス・ブラック?」

思わず声を荒げてしまっていた。そんな。『あの』殺人犯のシリウス・ブラックが、ルーピンの親友だった?同姓同名だろうか。まさかそんなはずはないだろうし、同一人物?
ルーピンの親友。その彼に、どういった心境の変化があって、ヴォルデモートの配下となってしまったのだろう。

「どうかした?」
「え?ああ、ううん……なんでも。個性的な仲間なのね」
「そう。最高だよ」

ルーピンは声を弾ませた。余程良い仲間なのだろう。
それが、二人は亡くなり、一人は彼らを裏切り、闇の帝王の配下につくことになる。
だから、ルーピンがホグワーツにやって来た時に、どこか哀しそうな、複雑そうな表情を浮かべたのだろうか。一体、彼らに何があったのだろう、……。

たまに、ここが『過去』だと忘れてしまいそうになる時がある。本当は、私は本来ここに存在していたのではないか、と錯覚しそうになる。
『過去』。決して触れられないもの。そう思っていたのに、私は今、『ここにいる』。

学生時代のルーピン。彼は、いずれ私のことは忘れてしまう。けれど、彼の昔の姿に触れられて、嬉しかった。
奇妙で、けれど胸の躍る心地。


「こんばんは、
「こんばんは、リーマス」

いつの間にか、それが合言葉になっていた。

 

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07.10.23
♪『ポロネーズ第6番 「英雄」 ショパン』