『過去』にやって来て、この西塔に暮らすようになって、既に一月あまりが過ぎた。ダンブルドアは、それまでも何度かここに訪れてくれたが、その度にそうした言葉をかけてくれた。
「君から預かったタイムターナーを、今調べておるところじゃ。もう少し待っておくれ」
「はい」
「何か、必要なものはあるかね?」
躊躇って、ずっと思い描いていたことを打ち明けた。
「あの……先生、透明マントをお持ちではないでしょうか」
「透明マント?わしは持ってはおらんが、透明になる呪文や薬は使えるが……なぜじゃ?」
「できれば、その……昼間のホグワーツを、歩いてみたいんです。この時代の」
ダンブルドアは、こちらが拍子抜けするほど快諾してくれた。早速、彼に呪文をかけてもらい、ホグワーツ散策を開始した。効果は2時間ほど。後に、透明になれる薬も持って来てくれるという。
人を信頼してくれる、彼ゆえにだな、とは思った。普通なら、こんな提案、渋るだろうに。
の暮らしていた時代のホグワーツとは、また少しばかり雰囲気が違うな、と思った。生徒の髪型、話し方、歩き方、ふざけあう姿。その中で、自然とリーマスの姿を探していた。
「ワームテール、急げ!今日のデザートはチェリーパイだって!」
「待ってよー!」
眼鏡の男の子が駆けて行き、その後ろから小柄な男の子が走って来る。さらに、その後からは、黒髪の目鼻立ちの整った少年と
「呆れるなー。あいつの食欲には」
「本当、まったくね!」
シリウス・ブラックがため息混じりに言うと、女の子の声がそれに賛同した。シリウス・ブラックとリーマスは振り返る。もその女の子に視線を向けた。
赤い髪、緑色の瞳。可愛らしい、溌剌とした雰囲気の女の子。
「マグル学の時からずっと言ってたわ。お腹が空いただとか、今日はチェリーパイなんだとかって。この前、ホグズミードに行った時も、食べてばかりよ」
「色気より食い気か」
「照れ隠しなんじゃないの」
笑い合う3人。
「そうだ。ねえ、リーマス。明日一緒に、マグル学の勉強しない?試験があるって言ってたじゃない?」
「うん、いいけど……プロングズは?」
「いいのよ。リーマスと勉強した方がはかどるから」
「それは光栄だな」
「ジェームズは、すぐふざけ出すのよ。教え方も下手だし」
「それは、リリーと一緒だからだよ」
「いいのいいの。とにかく、私はリーマスと一緒がいいんだから」
リーマスは困ったような顔をしながらも、嬉しそうに目を細めた。
赤毛の彼女は、リリー。そして恐らく、ジェームズ・ポッターと付き合っているのだろう。
リリー……リリー?リリー・ポッター?まさか、ハリーの母親?
彼女は、それじゃあ明日ね、とスカートを翻して去って行った。
「……リリーはさ……ムーニーの方が好きなんじゃないか?プロングズよりも」
「まさか」
シリウス・ブラックは、冗談めかして言ってみせ、リーマスもそれと同じように答えた。
けれども、シリウス・ブラックの目に、どこか真剣な色があることを、は感じていた。
リーマスは、リリーのことが好きなのではないだろうか。
そう思いはじめたら、止まらなかった。あの、リーマスのリリーを見る瞳。シリウス・ブラックの表情。
リリーは、あの容姿だし、明るい性格のようだから、人に好かれるタイプだろう。けれど、リーマスは、どう思っているのだろう。彼は、彼女を
だからって、どうだというの?私が気にしてどうするの?
リリーはジェームズと結婚をし、ハリーを産み、そして
リーマスはどういう思いを抱くのだろう。
胸が、痛い。
でも。でも、リーマスに想われるリリーが、羨ましかった。
私もこの時代に存在して、彼と学生生活の思い出を共有したかった。
『今』のルーピンは、何をしているだろう。私のことを思い出してくれているだろうか?私は、彼にとってどんな存在なのだろうか。
伯父の演奏を聴かせたくて、クリスマスのコンサートを開いて、彼は喜んでくれたけれど。
やはり、単なる同僚としか思われていないのだろうか。それならば、何だというの?別にいいじゃないか。現に、『単なる同僚』なのだし。
彼にとっての私。
その前に、私にとっての彼は?
眠れない。
けれど、ピアノを弾く気分にもなれなかった。
弾けば、きっと、その音色を聴いてくれる彼のことを、思い出してしまうから。
我ながら思い切ったことをした、と思った。けれど、確かめるくらいならいいだろう。それに、確かめなければ、気になって眠れない。
透明になる薬を飲んで、魔法薬学の教室に忍び込んだ。そして、ポリジュース薬の材料を失敬する。さらに、適当な、グリフィンドールの女の子
ごめんなさい。でも、勘弁して!
そう思いながら、完成品を一気に飲み干す。調合は我ながら完璧だったようで、上手くグリフィンドールの女の子に変身することができた。
そして、
「あの、少し、いいですか」
声を振り絞って話しかけると、彼は怪訝そうな表情を作った。隣にいたジェームズ・ポッターがにやりと笑って、「どうぞどうぞ」、とシリウス・ブラックを肘で押した。ブラックは反論しようとしたが、ポッターはさっさと「じゃあね」、と去ってしまい、後に取り残された彼は頭をがしがしと掻いた。
「ごめんなさい。少し、聞きたいことがあって」
できるだけ人通りの少ないところに彼を導いて、向かい合った。
なんだか、これじゃあ告白をするみたいだ。ポッターもそう勘違いしたに違いない。
ためしに、「好きです」と言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。そうしたい好奇心もあったが、今はそれを尋ねたいわけではなかった。
「リーマスは、リリーが好きなんだと思いますか?」
時間もない。遠回しに言うのも嫌だったので、唐突に尋ねた。ブラックは案の定、眉をひそめた。
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07.10.26