けれど、彼との時間は、あっという間に終わってしまった。
6月。本格的な夏の到来。学期末試験。一年の終わり。ホグワーツの中にも、緊張した、けれどどこか浮ついた空気が流れ始める。じりじりと肌を覆う暑さとともに。
そして突然、別れがやって来た。

 

「リーマス」

息を切らせて彼の事務所へ行くと、彼は大きなかばんに荷物を詰め込んでいるところだった。部屋の中には、あいかわらず音楽が流れている。蓄音機が奏でる曲は、軽快なリズム。『茶色の小瓶』。の心理とはまったく別の調子の音楽に、奇妙な心地がした。
リーマスは手を止め、を見、笑ってみせる。

「辞めるって、本当なの?」
「ああ」
「どうして」
「狼人間のことが、生徒たちにばれてしまったらしくてね」
「知ってます。スネイプ先生が話してしまったんでしょう。でも、」
「親たちから苦情がくるだろう。いずれ、こういうことになるとは思っていたよ」

リーマスは、いつもと変わらない、穏やかな口調で言った。

「生徒だって、リーマスの授業が好きだって、評判だったのに」
「それは嬉しいね」

音楽が鳴り止み、一瞬、静寂が訪れる。

「ここを離れることは寂しい。が、良いこともあったんだ」

リーマスは昨晩のことを語り始めた。
ヴォルデモートに通じ、ジェームズとリリー殺害に手を貸し、13人のマグルを殺したと思われていた、シリウス・ブラック。リーマスの親友。彼は、昨年アズカバンを逃亡し、ホグワーツに現れ、ハリーを殺そうと企んでいるのだと問題になっていた。そして、昨晩、叫びの屋敷で彼と会ったのだという。

「シリウスは、無罪だった」

犯人は、ピーター・ペティグリュー。シリウスに罪をなすりつけ、死んだと思わせ、自らはアニメーガス    鼠に変身し、ある家族の中で暮らしていた。
そしてその時、その場に居合わせた、ジェームズの息子、ハリーが、『上手いことをして』シリウスを逃がしたのだという。

「私は、シリウスを信じることができなかった。そのことは、悔やんでも悔やみきれない」

でも。

「でも、今は、清々しい気分だよ」

ピーターの裏切りは哀しいし、憎い。けれど、シリウスが戻ってきてくれた。そのことが、嬉しかった。
リーマスは、どこか満足そうな表情で語った。
でも、私は……素直に、喜べない。リーマスは、ここを去ってしまうのだから。

「なあに、なにもとても遠いところに行くわけではないんだ。また会えるさ」

寂しげな笑みを浮かべるに、リーマスは言った。

「伯父さんのコンサートも、また聴きたいからね。今度、また、ぜひ誘ってくれ」
「うん、……」

落ち着いたら連絡するよ。リーマスは、そう告げた。

 

夏の近づくホグワーツ。生徒たちの嬉しそうな様子が、こちらにも伝わってくる。
けれど。どこか、がらんとしてしまった、とは感じていた。広いホグワーツが、やけに広く感じる。
この1年、リーマスがここにいることがあたりまえだった。彼の事務所へ行けば、彼に会える。音楽の流れる、あの温かい空気の場所に。柔らかな笑顔に。優しい声に。
彼は、もう、ここにはいない。
寂しい、哀しい、つまらない、切ない。
ぽっかりと開いた胸の中には、そうした感情だけが取り残されていた。
彼の存在が、私の中で、いかに大きいものだったのか。そのことを、痛感した。

あっという間の1年。そして、今までの人生で、もっとも満ち足りた1年。
恋の恐怖に怯えていた私。今もその怖さはあるけれど、それ以上に、その素晴らしさを知った。それを教えてくれた人がいた。

また、彼に会える。
そう信じて。
次に会う時には、もう少し踏み出してみよう。
その勇気を胸に。

さあ、歩いていこう。

 

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07.11.20
♪『茶色の小瓶』