小さな駅だった。年老いた駅員が一人いるだけの、田舎町の駅。
列車を下りて、髪と洋服を調えて、は駅舎に向かった。そして、待合室の椅子に腰掛ける、一人の男性を見つけた。思わず笑顔になる。相手もこちらに気がつき、「やあ」と手を上げた。

「お久しぶり」
「元気そうだね」
「ええ。リーマスは?」
「元気だよ、ご覧の通り」

伯父のライブは、夜の11時から。それまでは、まだたっぷりと時間があった。
リーマスは彼の住む小さな町を案内してくれた。彼は本屋で働いているということで、その場所も教えてくれた。大きくも新しくもない店だったが、店の前はきちんと掃除をしてあり、看板もシンプルだがセンスの良いものだった。
そして、例のレコード店もまわり、彼の絶賛するチョコレートの店でお菓子を買い、彼の住むアパートへ向かった。小ぢんまりした5階建てのアパート。その最上階の角部屋という、絶好の場所に彼は住んでいた。家賃も安いし、大家も親切で、気に入っているのだという。

「どうぞ」

リーマスは扉を開き、を室内に招き入れた。中は意外にも広々としており、ソファ、机、キッチン、本棚、クローゼット、ベッド、必要なものは揃っていて、それらが置かれていても、まだ余裕のあるほどだった。家具は凝っていない、シンプルなもので、落ち着いた雰囲気の部屋だった。
そしてもちろん、蓄音機。それはチェストの上に置かれており、傍にはレコードが並べられた棚があった。
リーマスはキッチンに行き、紅茶を用意し始めた。

「音楽、かけても良い?」

ああ、という声がキッチンから返ってきて、はレコードの入った棚に手を伸ばした。ジャズ、クラシックだけでなく、ポップスもある。そこから一枚を取り出し、そっとプレーヤーの上に載せた。黒い円盤は回り始め、ゆっくりと、音が室内に響き出す。はじめは静かに、徐々に盛り上がっていき、美しくも哀しい旋律を生み出す。

「『インテルメッツォ』、か」

トレイの上にティーカップ2つとお菓子の入った皿を載せたリーマスがやって来た。それを「どうぞ」と机の上に置く。曲が最高潮に達し、少しずつまた落ち着きを取り戻していくのに聴き惚れてから、は椅子に腰掛けた。
そこで、呼び鈴が鳴る。室内の、音楽の生み出したゆるやかな雰囲気を、その奇妙な音が遮った。
リーマスは「誰だろう」と立ち上がり、玄関の方へ向かって行った。

「リーマス!久しぶり。って言っても、一週間ぶりか」

明るいその声は、の耳に飛び込んできた。それまでの、楽しく、幸せだった感情が、その女性の声によって一気に身体の中に沈んでいった。いったい、だれ?

「トンクス……どうしたんだい?」
「ほらさ、年越しを一人でお過ごしのリーマスに、パーティでもしようってお誘いが」

は身体を強張らせてその会話に聞き入っていた。怖くて、後ろを振り返ることはできなかった。

「うちの親戚も、友達も来るし。ねえ、どう?」
「いや、今日は」

リーマスの歯切れの悪い返事に、『トンクス』というその女性は、「なあに」と疑問の声を出す。そして、奥にいるに気がついたようだった。「あ」、という気不味そうな声を発する。
一週間ぶり。彼女は、そう言った。一週間前は、    クリスマス。リーマスは、彼女とクリスマスを過ごしたのだ。そうか、やっぱりリーマスには、そういう人がいたのか。
そう考えると堪らなくなって、は立ち上がった。そして、その女性と対面する。薄いブルーの、顎のあたりまでの長さの髪。小さな顔に、くりっとした大きな目。すらりとした身体。

「ええと……あら、ごめんなさい。予定があった?」

その女性は、あきらかにうろたえた様子でを見つめた。

「なんだ。リーマス、そういう人、いたんじゃん!最初から言ってくれれば、良かったのに」

彼女が無理に明るい声を出していることは、すぐに分かった。そして、彼女が抱いているリーマスへの想いも。彼女はリーマスの恋人というわけではなさそうだった。けれど、クリスマスを一緒に過ごしたり、こうしてパーティに誘いに来るくらいだから、リーマスも、……。

は、ホグワーツの同僚で」

『同僚』。リーマスのその言葉が、今のには重々しかった。そう、私は、『同僚』でしかない。

「そうなんです。伯父さんのライブは他の日にもあるし、せっかくパーティがあるんだから、リーマス、参加したら?」

は早口で言った。

「ううん。ライブがあるなら、そっちのほうが大切でしょ。いいのいいの」

トンクスは両手を広げて、ひらひらと振ってみせる。

「じゃあね!」

そう言い残して、トンクスは駆けて行った。リーマスとが止めるのも聞かずに、この場から逃げるようにして。後には、どこか気まずい雰囲気が残された。何を言うべきか。どうするべきか。
でも、きっと、このまま伯父のライブに行っても、満足がゆくまで楽しむことはできないだろう。胸の中にできてしまった、小さな染みが、徐々に広がっていった。一番彼に聞きたいことは、    

「もし……もし、リーマスが、あの人を大切に想ってるなら……行ってあげてよ」

偽善。本当は、遠回しに『彼女をどう思っているのか』を聞きたかっただけだった。

「そういう関係じゃないんだ、トンクスとは」
「でも、……クリスマス、一緒に過ごしたんでしょう?」
「ああ、それは」
「気づいてないわけじゃないよね。差し出がましいことだけど……あの人が、リーマスをどう想ってるか」

いつの間にか、レコードプレーヤーの針は止まっていた。

「私はね、    

張り詰めた沈黙。それを、ゆっくりとリーマスが破った。

「たぶん、人を……異性を好きになることは、ないと思う」

それ、私の気持ちも知って、そう言っているの?は苦笑いを浮かべたくなった。

「そもそも、誰かが私を好いてくれるということが想像できないんだ。こんな人間だからね」
「狼人間だから?」
「そう。……だから、トンクスのことも、私を気遣ってくれているだけなんだと思っていた。彼女はシリウスの親戚でもあるしね。でも、    彼女にそのことを告げられて、    断わったんだ」
「どうして?」
「私は狼人間だし、この通り豊かな生活もできない。彼女には、私よりもふさわしい人がいる」
「リーマスが彼女のことが好きなら、そんなの関係ないじゃない」

『本当はトンクスが好きだけれども、自分は狼人間だから、彼女のために断わった』。には、リーマスがそう言っているように聞こえた。

「いや。そもそも、異性を好きになったことはないんだ。異性に限らず、人を好いたこと自体、多くない。『私は狼人間だ』という感情が、先に働いてしまう。それが歯止めになってしまうんだ」
「でも、そういう感情を拭い去ってしまうくらい、好きになった人もいたでしょう?」

私が、そうだった。本当は人を好きになることが怖かった。でも、そういう不安や恐怖心がどこかへいってしまうくらい、彼のことが好きだった。

「ジェームズ、シリウス、……ピーター」
「ああ、そうだね」
「ダンブルドアのことも」
「好いているよ、たしかに」
「リリーさんのことも」

一瞬だけ、間があった。すぐにリーマスは「ああ」と頷く。

「本当は、……リーマスは、リリーさんが忘れられないんじゃない?」
「私が?」
「私、過去へ行って、リリーさんにも会ったし、その時リーマスにも会った。それで、    リーマスは、リリーさんのことが好きなんだと思った」
「まさか。リリーはジェームズと付き合っていたんだよ」
「その前から、ずっとリーマスはリリーさんのことが好きだったでしょう?」
「ちがうよ、」
「リーマス。私には、リーマスはトンクスさんのことを好きなように見えた。それを、狼人間だからとか、隠しているだけ。向き合ってあげてよ。トンクスさんのために。リーマス自身のために」

トンクスが入って来た時のこの部屋の空気。リーマスの、彼女を包み込むような雰囲気。
恋愛が怖かった。けれども、そのぶん、そうした感情には鋭くなった。だから、解る。リーマスが、彼女を少しでも想っているんだ、ということが。

「リーマス。リーマスはね、狼人間でも、それ以上に、すごく良いところがある。だから、そんなに狼人間のことを引き合いにして、自分を蔑まないでね」

私じゃ、入り込めない。リーマスの、奥底の、部屋の中には。その扉を開くことができたのは、あの親友3人たちと、リリー。そして、恐らく、トンクスも入ることができるだろう。
私は、音楽を通して彼と会話を楽しむことはできても、それ以上のことはできないんだ。
そのことを、痛いくらいに感じた。

「……偉そうに、いろいろ、ごめん。でも……勝手で申し訳ないけど、リーマスはパーティに行ったほうがいいと思う。だから」


はリーマスの横を通り過ぎ、玄関の扉に手をかけた。

「ライブのチケットなら、伯父さんの、また送るから。今度は彼女と一緒に行ってみたら?」
、ちょっと待ってくれ」
「じゃあね」

そして、も、逃げるようにその部屋を後にした。

 

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07.12.3
♪『歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「インテルメッツォ」 マスカーニ』