けれど、待ち合わせの時間になってもリーマスは現れなかった。
ロンドンの駅近くにある喫茶店。お昼の混雑を過ぎた今は、アフタヌーン・ティーを楽しもうとする人がちらほらいるのみで、店の中は空いていた。それでも、長い時間を一人で過ごすのは、の中で気まずいものがあった。はじめから一人ならば良い。しかし、待ち合わせている人がいるのに、その人が来ず、一人紅茶をすすっているのは、どこか惨めな気持ちだった。
やっぱり、リーマスは来ないのかもしれない。忘れてしまったのかもしれない。どうでもいいと思っているのかもしれない。私のことなんて。

『えー?がー?俺、あいつに興味ねーなあ』

突然、あの言葉が蘇ってきて、は全身に鳥肌が立った。
みんなそうなんだって、学んだでしょ?だから、恋愛なんてそんなもんなんだって。

せっかく人を好きになれた温かい気持ちが、せっかく決意したものが、すべて消えてしまいそうだった。以前の私に戻ってしまう。もう二度と、人を好きになることはないだろうと、思い込みたくなる。

大丈夫。きっと、何かアクシデントがあったから遅れているだけだ。もう少し待てば、きっと来てくれる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
呪文のように何度も繰り返しながら、は紅茶を少しずつ飲んでいった。砂糖もミルクも入っていない液体は、少しだけ苦かった。
それとも、事故?何があったのだろう。いや、やっぱり私のことなんて    
不安、恐怖。それらの感情に蝕まれてしまいそうだった。
はやく来て、リーマス。

 

「すまない、本当に」

リーマスが姿を見せたのは、約束の時間を1時間と30分ほど過ぎた時だった。のティーカップは空になっており、3杯目を頼もうかと思っていたところだった。

「仕事が長引いてしまって、列車に乗り遅れて    ほら、あんな田舎町だから、ひとつ乗り遅れると、1時間は待たされてしまうんだ」

本当にごめん、とリーマスは何度も頭を下げた。はううん、と首を横に振った。
彼が来てくれて安堵した気持ちはあった。けれど、先ほど胸の中に浮かんできてしまった黒いものは、拭い去ることはできなかった。リーマスは違う、来てくれたじゃない、と何度も言い聞かせるけれど、その暗いものはの中にこびりついて、離れなかった。

「この前のことも謝らないと。すまなかったね」
「ううん。あれは、私が悪いの。誘っておいて……あんな風になってしまって。    でも、トンクスさんと、うまくいった?」

リーマスは、羽織っていたコートを脱ごうとしたが、その手を止めた。

「そのことなんだがね    場所を、変えようか」

 

喫茶店を出て、近くの公園に移動した。週末の午後、夕暮れの近いその時間は、犬の散歩をしている人や、カップルが何組か歩いている程度だった。
適当なベンチに腰掛けると、リーマスが尋ねた。

、どうかしたのかい?」
「えっ?何が?」
「いや。元気がないようだから」
「そんなことはないよ」

は明るく言ってみせるが、リーマスは硬い表情を浮かべていた。

    この前のこと。が言ったことは、当たっているんだ」
「私の言ったこと?」
「そう。狼人間だからと、いろいろなことを隠していたんだよ、私は」

陽は徐々に傾いていき、その光にはオレンジ色が混ざりはじめた。それに照らされる草木も、噴水も、人々も、陽の色に染まっていく。

「人と真剣に向き合うことが怖かった。だから、他の人を傷つけているんだと、トンクスに怒られたよ」

リーマスは苦笑したが、は笑えなかった。やっぱり、トンクスの存在は、リーマスの中で特別なものなんだ。

「心のどこかで、人を避けていた。態度は打ち解けていても。    君に対しても、だ。君は、私に音楽の素晴らしさを教えてくれたのに」

ああ、そうか。リーマスは私と同じなんだ。傷つくことが怖い。だから、人を好きにならないよう、自然とそう自分自身の感情をコントロールしていた。私とおんなじ。
リーマスになら。話してみたい。ぜんぶ、私のことを。知ってもらいたい。
少しずつ、けれども、確かに、の中の冷たい氷が溶け出していった。

「……私、ね。学生時代、好きな人がいて、……でもその人は、私のことをなんとも思ってなくって。むしろ迷惑だったみたいでね。そのことを、偶然、立ち聞きしてしまったの。それから私は、    人を好きになることが、できなかった」

陽が落ちていき、公園の街灯がともりはじめた。空気がいっそう冷たいものとなる。

「だから、私も、リーマスと同じなの。本当の自分を見せないようにしていた部分が、あった。この前は偉そうなことを言ったのに、ごめんね」
「いや……そんなことがあったんだね」
「そう。    でも、きっと、リーマスも人を好きになったら、そういうことはぜんぶ、吹き飛んでしまうと思うよ。私がそうだったから」

沈黙が下りた。は、目の前にある、水の止まってしまった噴水を見つめた。リーマスの方には顔を向けられなかった。

「そうか。には、そういう人がいたんだね」
「うん」
「私には、……そうだね。素晴らしい友人たちがいた」
「そうね」
「君は、リリーのことを言ったが……私には、正直なところ、分からないんだ。リリーを好きだという気持ちは、あった。でも、それが、異性に対するものなのか、友情としてなのか、判別がつかなかった。ひょっとしたら、異性として好きだったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもリリーはジェームズを好きになって、2人がうまくいくことは、私にとっても幸せだったよ」
「そう……ごめんね。いろいろ言ってしまって」
「言ってくれたから、気がつくことができたんだ。ありがとう」
「ううん。私の方こそ、ありがとう」

次の言葉は。『トンクスさんと幸せになってね』、か、『実はね、私』、か……
迷っていると、リーマスが尋ねた。彼の問いで、答えが定まった。

「ところで、の好きになった人は、どんな人なんだい?」
「驚くと思うよ」
「へえ。私の知っている人?」
「うん。よく知ってる」
「誰だろう」
「ダンブルドア」
「冗談だろう?」

リーマスは驚いてみせ、は噴き出した。リーマスも笑う。この周りの空気だけ、暖かくなったような気がした。

「冗談ではないよ。私、校長先生のこと、尊敬してるし、好きだよ」
「私も、同じ気持ちだよ。    まさか、生徒ではないよね」
「まさか」
「シリウスでもないだろうし」
「ああ、学生時代の彼に会ったよ。もてたでしょうね」
「ああ。すごくね。……なら、……セブルス?」
「はずれ」

奇妙な探りあいは、このへんにしよう。もう少し、彼を悩ませたい気持ちもあるけれど。
早く、胸の中のこの温かい感情を取り出してしまわなければ、沈んでしまう。マイナス思考の私。やっと、上を向いて歩けそうになったから。気が変わってしまわないうちに、早く。

「私の好きになった人はね。声も、表情も、目も、みんな優しくて、穏やかで。一緒にいて安心もするし、楽しい。それに、    音楽が好きなの」

自然と、言葉がすんなり出てきた。大丈夫。言える。

「私は、    リーマスが好きだった。だから、幸せになってほしいって、そう思う」

言えた。はじめて、心から好きになった人に、はじめて、想いを伝えることができた。
今までの私では考えられないこと。一歩、成長できた。これで、リーマスの返答がどういうものであれ、私は大丈夫。
そのリーマスはしばらく考え込むように沈黙していた。そして、ゆっくりと、口を開く。

「過去形、なんだね」
「えっ?」
「好き『だった』、って」
「ああ、ええと……リーマスはトンクスさんが好き、っていう想定で言ったもので……そこがまだ成長できていないところね……うん、だから、正確に言うと    私は、リーマスが、……好き、です」

今は、夜の闇に感謝した。自分がどういう表情をしているのか知られたくないし、リーマスがどういう表情をしているのか知ることも怖かった。

「ありがとう、。……でも」

うわあ、その後が聞きたくない。やっぱり怖い。でも聞かなきゃ。ちゃんと受け止めなきゃ。
『でも、ごめん。私はやっぱり、トンクスが好きなんだ』    

「でも、私は……前にも言ったように、きちんと人と向き合ってきたことがなかった。だから、君のことも、トンクスのことも、自分が一体どう思っているのか、正直なところ、まだ分からない」

    えっ?

「でも、君のことは……もっと、知りたいと思う。もっと君と話したいと。きちんと向き合いたいと、そう思う。トンクスとも、ちゃんと正面から向き合っていきたいんだ。私にとって都合の良すぎる話だろう。でも、もし良かったら……もう少しだけ、待ってほしいんだ」
「……リーマス」

これは、失ったもの?残ったもの?ベニー・グッドマンさん、これは、どうしたら良い?
もう少しがんばれ、っていうことかな。

「うん。ありがとう、リーマス」

私の方こそ、ありがとう。
リーマスは微笑みながら、言った。

 

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07.12.13