昨年はホグワーツの秘密の部屋事件。
そして今年は、殺人犯のシリウス・ブラックが脱獄。
毎年良くない出来事が続く。
それでも、ホグワーツはその役目を途絶えさせることは決してない。また、新しい年がめぐってくる。
新学期。生徒が戻って来ると、ホグワーツはたちまち活気に満ち溢れる。そうした騒がしさも、彼らのいない落ち着き払ったホグワーツも、は好きだった。
パーティが終了すると、生徒たちは各々の寮へと戻って行く。新入生は途惑いながらも、必死で上級生にくっついていく。その様子が微笑ましかった。生徒たちが広間を出て行くのを見届け、教師たちも自分たちの部屋へと戻って行った。
フリットウィックと雑談をした後、も自室へと歩みを進めた。その途中で、ふと足を止める。微かに、ほんの微かに音楽が聴こえてきた。
これは……この曲は、……
自然と足はそちらに向いていた。次第に耳に入る音が大きくなっていく。
オーケストラのダイナミックな音。身体が震えた。世を圧倒させたナポレオンの軍隊を破っていくロシア軍。その勝利への道。圧倒的な音楽は、それを見事に表していた。
壮大に音楽は締め括られ、は我に返った。その途端、手に持っていた書物がばさりと落ちる。慌ててそれを拾い上げ、再び立ち上がった時には、ルーピンが事務室の入り口に立っていた。
「す、すみません、ごめんなさい!音楽が聴こえたものだから、つい……」
「いや。こちらこそ、すまない。うるさかったかい?」
「いいえ。私、音楽には敏感で。すぐに反応してしまうんです」
「本当に好きなんだね」
はい、とは頷いた。
「チャイコフスキーの『1812年』、ですね」
「ああ」
「良い曲ですよね。私もよく聴きます。元気を出したい時には、いつも」
ルーピンはにこっと笑った。温かい笑顔。きっと、たくさんの生徒から好かれるだろうなと思った。
「良かったら、紅茶でもどうかな?ちょうど、今淹れたところなんだ」
「え?え、ええ……はい、ぜひ」
断わりの文句が思いつかず、咄嗟に返事をしてしまっていた。
駄目じゃないか。彼には近づきすぎないようにと決めたのに。しかし、頭のどこかで彼をもっと知りたいと願う自分もいた。音楽好きの人間には悪い人はいない、という奇妙なモットー。
ルーピンの淹れた紅茶は美味しかった。共に提供してくれたチョコレートも。その間も、彼はレコードプレイヤーから音楽をかけ続けていた。
『スターダスト』。軽快で、美しいトランペットの音色。
「ルイ・アームストロング……ルーピン先生もジャズを聴かれるんですね」
「まあね。君も好きだと言っていたね」
「ええ。伯父がジャズピアニストなんです。クラシックも弾くんですが、伯父の影響で私もピアノを始めて。だから、クラシックもジャズも、両方好きなんです」
「そうか。是非今度、伯父さんの演奏を聴きたいな」
「私が言うのも変な話ですが、とても上手いですよ。気まぐれなんですが、たまに演奏会をしていて。今度、ご招待します」
「それは嬉しいな」
ルーピンの微笑みに、もつられて笑った。
不思議。こんなにすらすらと言葉が出てくる。今までは、異性と会話する際は頭の中で言葉を選んでしまうことが度々あった。どうすれば『無難』に思われるか。けれど、ルーピンの前では自然に振舞うことができた。変に飾らずに。きっと、話が合うからだ。音楽好き同士だから。
「そういえば、ルーピン先生。今日列車の中でディメンターに遭遇したと聞きましたが、大丈夫ですか?」
「ああ。これでも防衛術の教師だからね」
「でも、嫌ですね。ディメンターがホグワーツの周りを徘徊しているだなんて」
「……あの『脱走犯』のせいだろう」
ルーピンは一瞬、瞳の中に大きな翳りを見せたような気がした。すぐに彼の目は手元のティーカップに向けられてしまったので、定かではなかったけれど。
「何があっても、ホグワーツは安全だと思い込んでいました……でも、私たちも気を引き締めないと」
「そうだね」
ルーピンは曖昧に口元を緩め、紅茶を飲み干した。
森番のハグリッドが魔法生物の新任教師。ディメンターによる学校の守護。そして、新しい防衛術の教師。それらが滞りのないようサポートすることが、の仕事だった。ハグリッドの手伝い、生徒たちがディメンターへ近づかぬよう見守ること。けれども、ルーピンと顔を合わせることが一番多いような気がしていた。自然と、彼の方へ足が向いてしまう。彼の事務室にはいつも音楽がかかっていた。その音楽が、私を引き寄せるのだとは思っていた。
そして
「音楽を聴いているとね
ある時、ルーピンは言った。酷く顔色の悪い日だった。大丈夫かと問いかけると、特別に調合してもらった薬があるから平気だと答えた。彼は病気を患っているのだろうか。
ルーピンの蒼白な顔。笑顔を浮かべていてくれても、荒い息遣い。
私がここにいては気を遣わせてしまうと、その日はそっと彼のもとを去った。
彼の蓄音機は『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』を奏でていた。
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07.9.19
♪『序曲 1812年 チャイコフスキー』
映画3作目の影響で、ルーピン先生のジャズ好きイメージが勝手につきました。いつか話にしてみたかった!