生徒は6人だけ。ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー。彼らは目立つから、名前と顔が一致した。あとの3人は誰だっけ、……。そう考えながら、たまたま空いていたルーピンの隣に腰掛けた。もう一方の隣はダンブルドア。
何処へ行っていたのか聞きたそうなルーピンを他所に、は食事に手をつけた。極度の緊張で、味がしない。味が分からなかった。私が演奏するわけじゃないのに。
さあ、ショー・タイムの運命やいかに。
普段は教師たちが並んで食事をする場所に、ステージができあがっていた。
「Ladies and gentlemen, boys and girls」
突然響いた声に、生徒も教師たちも皆顔を上げた。
「We proudly present the performance, for your pleasure, for today, for the special day!」
『proudly』。相変わらずだなあと苦笑した途端、演奏が始まった。が頷くとダンブルドアも頷き、彼はそっと手を振った。何もなかったはずの前方のステージから、透明の幕が上がったようにバンドの面々が姿を現した。広間の灯りが消え、ルーモスの照明がステージを照らす。ドラム、トランペット、トロンボーン、サックス、コントラバス、そしてピアノ。はじめは、『赤鼻のトナカイ』をジャズ・アレンジしたもの。ピアノの伯父は軽快な声で歌った。
今日はのってるな、とは思った。魔法学校。彼らも童心にかえっているのかもしれない。何よりも、そうしたものが好きだから。彼らも喜んでくれていることが曲調から分かって、は嬉しかった。
そして、ちらりと観客たちに視線を移す。生徒たちは、初めはあんぐりと口を開けてバンドを眺めていたが、やがて笑顔が浮かび始めた。教師たちは
最後にルーピンの表情を窺った。彼は呆然とバンドを見つめていた。しかし、の視線に気がつくと、そちらに顔を向けた。
「まさか、……君の伯父さん?」
「そうです」
「どうして、……?……いや、今はやめておこう。それにしても、すごいな」
ルーピンは目を輝かせてステージに見入っていた。
赤鼻のトナカイが終わると、伯父は立ち上がって一礼した。
「今宵はとある人の依頼で、サプライズの演奏会をおこなわせて頂くことになりました。魔法学校の空気を吸うことができて、とても光栄に思います」
伯父はダンブルドアに向かって頭を下げた。ダンブルドアはにこりと笑う。
「魔法使いもそうでない人間も、音楽を愛する心は同じだと、私は思っています。今夜は少しでも楽しんで頂けたら幸せです」
伯父は再びピアノに腰掛けた。
クリスマスソングのアレンジ・メドレーから、楽器をヴァイオリンに持ち替えてのヴィヴァルディの四季『冬』のアレンジ、『let it snow』……
広間に響き渡る音楽。ドラムのリズム、コントラバスの重低音、トランペットの乾いた音、サックスの軽快な音、そして伯父のピアノ。時にはギターに持ち替えた演奏もあった。繊細な演奏をしたかと思いきや、力強い調子で奏でる曲もあった。
鳥肌が立った。相変わらずアレンジが見事だし、バンドの息もぴったりだった。大広間全体に響き渡る音。壁が、窓が、机が、天井が、部屋のすべてが音楽と共鳴していた。部屋のすべてがスピーカーのようだった。全身に血が駆け巡るように、音が身体に染み渡った。
ああ、やっぱり、音楽は最高だ
彼らの演奏は、改めてそれを感じさせてくれる。
曲が終わった時、拍手喝采を浴びながら伯父は立ち上がった。
「次で、最後の曲です」
ええ、と生徒たちが声を上げた。それが嬉しく、同時に彼らの気持ちに賛同していると、伯父がこちらを向いて手招きしていた。私を、呼んでいる。
生徒も教師も皆に視線を集中させた。恥かしさと伯父の意図が読めないのとで、は混乱していた。けれども、相変わらず伯父の手招きは続いている。
何か不具合があったのだろうか。立ち上がって伯父の傍に行くと、耳打ちされた。
「最後は、お前がやれ」
「……え?」
「何でもいい。好きな曲は?ショパン?」
「え、ちょ、待ってよ!無理無理!だって合わせたことないし…!」
「俺たちを誰だと思ってる?」
バンドの仲間を見渡すと、皆温かい笑顔をに向けて頷いていてくれた。
「聴くことが好きなのも分かる。俺もそうだ。でも、演奏ができるし好きなら、こういう機会も必要だ」
「私、プロになるつもりは」
「俺たちだってプロのつもりで演奏してるんじゃない。ただ、音楽が好きなんだ」
音楽が好き。そうだった。小さい頃、伯父に憧れて、伯父の見よう見真似でピアノを弾き始めた。いつも見ていた伯父の背中。いつか一緒に演奏したいと思っていて、何度かバンドに混じってお遊びで弾かせてもらったことはある。けれど、こうして人前で演奏したことはなかった。
「何がいい?」
伯父はもう一度聞いた。
「
フィナーレなんだからもっと盛り上がる曲の方がいいんじゃないか、と伯父は僅かに渋った表情を見せていたが、まあいいかとすぐに位置についた。
いいか?スタンダードなグレン・ミラーのでいくからな。
っていっても私、グレン・ミラーのムーンライト・セレナーデしか知らないんだけど。
スロー・テンポ。トランペットとサックスの美しいハーモニー。それらを引き立たせるように、はピアノを奏でた。確かに、こうしたしっとりとした曲は最後にはあまり良くなかったかな。けれども、一度、ルーピンに聴いてもらいたい曲だった。
曲が進み、一瞬、ソプラノサックスを吹いていた伯父がちらりとドラムと視線を交し合った。やがて、徐々にテンポアップしていく。
あれ、ちょっと。スタンダードなグレン・ミラーのムーンライト・セレナーデでいくんじゃなかったの?
は慌てるが、ゆったりとしたテンポはやがて軽快なものに変わり、ドラムのリズムも激しくなってゆく。それに合わせて、トランペットもサックスもテンポアップしていく。鍵盤を叩くの指も速くなっていったが、自然に音楽が奏でられた。伯父が、バンドのメンバーが、の中の音楽を引き出してくれるのだ。盛り上がっていく音楽に、聴衆からの手拍子も起こる。
楽しい。
伯父の顔に視線を向けると、伯父はにこりと笑った。バンドのメンバーも皆、笑顔。聴衆は、ダンブルドアも、フリットウィックも、マクゴナガルも、生徒たちも、そしてルーピンも、笑っていた。
こうやって、自分も、そして相手も笑顔にできるものは、そう多くないだろう。
ドイツの文学者、アウエルバッハは言った。音楽だけが世界語であって、翻訳される必要がない。そこでは魂が魂に話しかける、と。
音楽は住む世界を越える。マグルであっても魔法使いであっても関係がない。音楽を慈しむ心は、皆が持っているのだ。
その瞬間、伯父はこのために音楽を奏でているのだ、と改めて痛感した。
人に笑顔を届けるために。
自分が笑うために。
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07.10.6
♪『四季より 協奏曲 第4番 「冬」 第1楽章 アレグロ・ノン・モルト ヴィヴァルディ』
♪『ムーンライト・セレナーデ グレン・ミラー』
ジャズにはアレンジがたくさんあって演奏者によってそれぞれ違うんですが、ムーンライト・セレナーデの歌付きは車のCMで聴いた気がします。演奏者によってアレンジが違うのも、毎回アドリブがあって楽しめるのも、ジャズならでは。でもってやっぱり生が一番です。聴く場所によっても違うのも、また面白いですよね。