もし、神様がひとつだけ願いを叶えてくれるとしたら、何を願う?
子供のころ、そんなやり取りをした。
そのときは、食べきれないほどのお菓子がほしいとか、宿題がこの世からなくなればいいのにとか、毎日休日だったらいいのにとか、そんな他愛もないことを考えていた。
でも。
大人になった今、痛感する。
神なんて存在は、いない。
神様、どうかお願いします。
そう何度も何度も心から祈ったことは、たったひとつも叶えられなかった。
だから私は。
自分で自分の願いを叶えることにした。
贅沢は言わない。
ひととせでいい。あなたと過ごしたい。
あなたと一緒に、巡りゆく季節を見ていたい、……。

壮観な城を前に、私は浮き立つ心を抑えきれなかった。心臓がバクバクと私の胸を叩く。
この景色は、私の記憶と何一つ変わっていなかった。
ホグワーツ。私の母校。
大きな扉をくぐると、懐かしい顔が迎えてくれた。
「ダンブルドア先生!」
私はスーツケースを放り出して、髭の長い老人のもとに駆け出した。
「おお、。よく来てくれた」
ダンブルドアは笑顔で両手を広げ、私は遠慮なくその胸に飛び込む。
日本人の私には、ハグの挨拶は未だに慣れないものだったけれど、あまりのうれしさに、私は羞恥心など何も考えなかった。
ダンブルドアのローブの中は、ひだまりのような、温かいにおいがする。
ぎゅう、と校長先生の背中に手を回してから、私は離れた。
「お久しぶりです、先生」
「おお。久しいのう」
「このたびは無理なお願いを聞いてくださって、本当にありがとうございました」
「いや、いや。わしもちょうど、優秀な助手がほしかったところじゃ」
ダンブルドアは白く長いあご髭を撫でながら、私を慈しむような目で眺めた。
「他の教師陣はまだ授業中じゃて、わしがきみの部屋まで案内しよう」
「すみません、お忙しいのに」
「いいや、まったく。ちょうど暇にしておったのじゃ」
私はダンブルドアに連れられて、ホグワーツを歩いた。玄関ホールから大広間、教室、廊下。すべてが懐かしい。ホグワーツを卒業したのはもう何年も前のことなのに、目を瞑っても歩き回れる気がした。
けれども、学生時分の心持ちとはまた違う。あのときは、毎日が刺激的でふわふわしていた。でも、今はすっかり落ち着いている。歳を重ねたせいかもしれない。“懐かしい”と胸にこみ上げるのだけど、すとんと重い静寂が漂っているような。
私自身の気持ちの問題もあるのだろうけど、それだけではない気がした。
闇の帝王が去り、多大な犠牲を出した魔法界。その暗い余韻が残っているようだった。
ダンブルドアは、私の自室を三階に用意してくれたらしい。校長室の近くなのだとか。
二階への階段を上がっているとき、はじめて人と遭遇した。真っ黒なローブ。その顔を認めて、私は心臓が止まるかと思った。
「やあ、セブルス。きみは授業がない時間帯じゃったか」
ダンブルドアに呼びかけられて、そのひとは立ち止まる。本を二冊、胸に抱えていた。そうだ、たしか二階には図書館があるのだった。
そのひとはダンブルドアに向けて返事をしようとして、私に気がつき、絶句する。
「な、……」
視線がはっきりとかち合う。
セブルス。
何と名づければ良いのかわからない感情がどっとこみ上げてきて、視界がくらりと歪んだ。
漆黒の髪を肩まで伸ばして、あいからわず黒いローブを羽織っている。
何も変わらない、セブルスの姿。
でも、少し、痩せたかもしれない。
「今日からわしの助手に就いてもらうことになった、じゃ」
「は……?助手!?」
セブルスは目をまん丸にして、ダンブルドアと私を交互に眺めている。
「セブルス……おひさしぶり」
私はどういう表情を浮かべていいのかわからなかった。
セブルスに会いたいがために、ここに来たというのに。
ホグワーツへと向かうバスの中で、さんざんこのシーンを思い浮かべてきたというのに。
私は、何もできなかった。「久しぶり」という言葉以外に、何も浮かんでこない。
セブルスのほうも、私を呆然と眺めたまま硬直していた。
驚いている、と思う。
それともやっぱり、怒っているだろうか。
セブルスの前から逃げた私を。
「、おまえ……」
「ああ、そうじゃった。ハグリッドと約束があったんじゃ」
ダンブルドアはぽん、と手を打つ。
「セブルス、いずこかへの道中で悪いが、を三階の空き部屋に連れて行ってくれるか?先日整理を頼んでおった部屋じゃ。わかるの?」
「は……場所は、わかりますが、」
「それとも、何か急用があったかの?」
「い、いえ……」
「では頼んだ。、すまぬがまたあとで」
ダンブルドアはにっこり笑って、困惑するセブルスと私を置いて階段を下りていってしまった。
ダンブルドアは気を利かせてくれたのだと思う。旧友との再会を邪魔してはいけない、と。
けれど、私は、ダンブルドアにこの場にいてほしかった。
セブルスに、何と話しかければ良いか、まるで頭が働かない。
「あの……セブルス」
まずは謝罪と言い訳をしなければ。そう思って口を開いた私を、不機嫌そうな表情のセブルスが遮った。
「
おまえの部屋は、こっちだ」

ホグワーツ在学中において、セブルスと私は友人どうしだった。セブルスはスリザリン、私はレイヴンクロー。寮は異なったけれど、私たちはよく話をした。
私はセブルスのことを、親友
と思っていたけれど、セブルスのほうはどうだっただろう。せめて、友だち、くらいには思ってくれていただろうか。
セブルスは、はじめこそしきりに話しかけてくる私を煙たがっていたけれど、だんだんと心を許してくていた
と思いたい。
私は日本人で、マグルだった。言葉も魔法のこともわからないことが多く、頼れるひとがいなかった。そんなとき、セブルスに出逢って……セブルスのおかげで、ホグワーツに馴染むことができた。
だから、セブルスにはとても
感謝
している。
でも。そんな大切な友人の前から、私はホグワーツ卒業とともに姿を消した。
本当は、魔法関係の仕事に就きたかった。けれど、当時の魔法界はヴォルデモートという闇の王に支配されて暗澹としており、両親は私に日本に戻るように言った。
私は、その言葉に従った。
ううん、それは言い訳にすぎない。
本当は、目を背けたかっただけ。
愛する人のために闇に堕ちてゆくセブルスを、見ていることができなくなった。
だから私は、セブルスに「日本に帰る」とだけ告げて、セブルスの前から逃げるようにして去った。セブルスには何も事情を話さなかった。
私から近づいて、離れて。勝手な私に、セブルスは腹を立てているかもしれない。
でも私は、セブルスともう一度、友人になりたかった。そのためにホグワーツに戻ってきた。
すべては、セブルスに会いたかったから。

仏頂面のセブルスに案内されてやってきた部屋は、ホグワーツ三階の校長室入り口、その近くにあった。私ひとりが使用するにはだいぶ大きな空間で、入ってすぐの部屋には書斎やデスクがあり、隣の部屋はベッドルーム。ほとんど居候のような身なのに、ここまでしてもらえるとはありがたいと思った。
私が部屋を見て回るうちに、セブルスが姿を消そうとしたので、私は慌てて呼び止める。
わだかまりを、解消しなければならないと思った。できるだけ早いうちに。
「セブルス、あの」
私が口を開いても、セブルスは部屋から去ろうとする。私は急いで出入り口に立ち、セブルスの行く手を遮った。
「説明、させてほしいの」
精いっぱいの私の出鼻を、セブルスは「何を?」とあっけなく切り捨てる。
けれどもめげてはいけない。それでは私がここに来た意味がない。
「私
ホグワーツを卒業して、日本に帰って……闇の帝王が怖くて、その存在に支配された魔法界も怖くて、逃げた」
本当は闇の帝王が、というよりも、セブルスから、なのだけど。
「でも……セブルスとあんなふうに……別れてしまったのは後悔していて……。いま……ちょうど、ホグワーツの仕事に空きがあるというから……応募したの」
ここに来るまでに頭で並べていた口上が、ぜんぶ真っ白になってしまった。私はくるくるとパンクしそうになる脳を必死で働かせて、言葉を紡ぐ。
セブルスはずっと、口を真一文字に結んで、私からは視線を外して空を睨んでいた。
「……それで、ダンブルドアの助手、だと?ダンブルドアに助手なんて必要なものか」
「うん、本当にそうだと思う。助手というのはダンブルドアが良く言ってくれただけで、ホグワーツの雑用をいろいろやる予定で」
「そうか、おまえの事情はわかった。ではそこをどいてくれるか」
セブルスの声も言葉も、ひんやりと冷たかった。以前も素っ気なかったけれど、今のように私を撥ねつけることは、しなかった。
怒っている、のだと思う。ううん、怒ってすらいない。私にたいして何の興味も関心もないかのような。
「そっか」
私は頷いて、セブルスに出口を譲った。セブルスは何も言わずに、扉の外へ出てゆく。
完全に拒絶されている。
私が入れる隙なんて、まるでなさそうだった。
でも。それでも、私は、……。
2017.12.26
トップページにもあるように、本連載はヒロインとセブルスそれぞれの視点で描いています。交互に読んでも、ヒロインの話を全部読む→セブルスの話を全部読む(逆も同様)という読み方でもお読みいただけます。
ヒロイン視点: 1 ---
2
セブルス視点:
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