1. Early Spring


 もし、神様がひとつだけ願いを叶えてくれるとしたら、何を願う?



 生徒の誰かがそんな話をしていた。

    ばかばかしい。
 神などという存在は、この世界にはいない。
 あるのは残酷な現実だけ。
 時間は流れ、
 かたちあるものは滅びゆく。
 たしかなのは、その事実だけだ。

 だから私は、この世に希望を持つのをやめた。
 神などにはすがるものか。

 空虚で、静かな時間が流れてゆく。
 魔法薬学の教師としてホグワーツに就任し、何事もなく日々がすぎていった。
 廊下や教室を走る生徒の姿は、いまでは笑い声入り混じっている。
 闇の帝王の脅威が去り、魔法界に平穏が戻ってから、数年の月日が経った。
 絶望的に大きな犠牲によってなりえた平和。
 それを思うと、人びとの笑い顔が憎らしくも感じてしまう。


 ときどき、自分がなぜここにいるのか、わからなくなる。
 なにゆえ私は生きながらえているのか。 
 けっして埋まることのない傷と空白を抱えたまま。
 単に、あの、人の良い老人によって生かされた命。

    もう私には、なにもないというのに。

 予定していた授業を終え、図書室へと向かった。
 自習している生徒の姿もいくつかあったが、人影は少なく、集中して作業に取りかかることができた。
 何冊かの書物を借り出し、図書館を後にする。

 ホグワーツに流れる空気が、いつの間にか温かになりつつあった。
 いつの間にか冬は去り、春を迎えていた。
 季節の移ろいなどどうでもよいこと。
 ただ、薬品を作るには厄介な季節だ。空気の温度差があると多少面倒だった。

 ふと、廊下を下って行くとき、ダンブルドアが歩いている姿が目に留まった。前方から歩みを進めてくる。
 軽く会釈をして通り過ぎようとしたところだった。

「やあ、セブルス。きみは授業がない時間帯じゃったか」

 そう呼びかけられ、足を止める。ダンブルドアの背後に人影があることに気づいた。
 目を、疑った。
 
「な、……」

 意図せず声が漏れていた。
 なぜ。
 なぜ、こいつが、ここに。

「今日からわしの助手に就いてもらうことになった、じゃ」

 ダンブルドアが明るい声で言う。

「は……?助手!?」

 私の声は高い天井に響き渡ってこだました。
 いや、ダンブルドアが助手を取るなど、聞いていない。そもそもこの大魔法使いに助手などいるものか。
 それが、よりにもよってなぜなんだ。
 こいつは。
 ホグワーツ卒業以来、完全に姿を消したものだと思っていたのに。

「セブルス……おひさしぶり」

 は苦笑いのような、困ったような表情を浮かべていた。
 私は。
 私は、怒りとも憎しみとも、なんともいえない感情が湧いてくるのを感じた。
 
、おまえ……」
「ああ、そうじゃった。ハグリッドと約束があったんじゃ」

 ダンブルドアが手を打つ。

「セブルス、いずこかへの道中で悪いが、を三階の空き部屋に連れて行ってくれるか?先日整理を頼んでおった部屋じゃ。わかるの?」

 なにを、急に。
 そういえば、……。先日のダンブルドアとのやり取りを思い返した。「新しい人材が来るかもしれない」、そう言ったダンブルドアを手伝い、ひとつの空き部屋を居室に変えたのだ。
 その新しい人材というのがだというのか?

「は……場所は、わかりますが、」
「それとも、何か急用があったかの?」
「い、いえ……」

 急用などと言われてしまえば、そんなものは何もない。何もないが   

「では頼んだ。、すまぬがまたあとで」

 ダンブルドアはにこりと笑い、私の返答を聞かずに行ってしまった。
 おそらく、約束など嘘なのだろう。何かの気を回したつもりなのかもしれないが、余計な世話だと思った。
 と話すことなど、何もない。
 そもそも向こうから去って行ったのだ。私の前から、忽然と。
 それなのに。それなのに、なぜ、こいつは私を見て泣きそうな顔をしているんだ。

「あの……セブルス」

 の言い分などどうでもいい。私は遮り、言った。
 
   おまえの部屋は、こっちだ」 

私は、与えられた指示をこなすだけだ。

 ホグワーツ在学中において、と私は、いわゆる友人という関係だった、と思う。あいつはレイブンクローだったが、何かと私に話しかけてきて、いつの間にか近くにいた。
 同じスリザリンでも私を避ける者が多かった中で、の存在は稀有だった。はじめは煩わしい女だと思った。東洋人でマグルのあいつは、言葉やホグワーツのことなど、知らないことを知るために私に近づいただけなのだと思った。しかし、頼られること自体は悪い気分がするものではなかった。
 なによりあいつは、私を認めてくれていた。
 唯一の友。そんなふうに思ったことすらあったというのに。
 ホグワーツ卒業と同時に、あいつは私の前から忽然と姿を消した。

    ああ、こいつもか。
 裏切られたのだと、思った。

 私はをホグワーツ三階の空き部屋に案内をした。きょろきょろと室内を見回すを置いて、私は部屋を出ようとした。
 もうこいつとは関わるまい。そう、決めた。

「セブルス、あの」

 が声をかけてくるが、構わずに部屋の出口に足を運ばせる。しかし、は回り込んで私の前に立ちふさがった。

「説明、させてほしいの」
「何を」

 私は吐き捨てるように言う。は構わずに続けた。

「私   ホグワーツを卒業して、日本に帰って……闇の帝王が怖くて、その存在に支配された魔法界も怖くて、逃げた」

 たしかに、当時の魔法界は暗澹としていて、国外に逃亡した者も多かった。そのことを責めるつもりはない。
 ただ。友人だと思っていた人間が、手のひらを返したように私の前から消え去り、ほとんど何も告げずに消息を絶ったことに、腹が立っていた。こいつは結局、私を利用していただけなのだと。私はこいつにとって、都合の良い存在だったのだと。

「でも……セブルスとあんなふうに……別れてしまったのは後悔していて……。いま……ちょうど、ホグワーツの仕事に空きがあるというから……応募したの」

 何を、いまさら。私は。を責める気分にもなれなかった。私の感情はもう、喜怒哀楽を失くしてしまっている。
 先ほどは一時、怒りのような感情が浮かんできたが、それだけだ。

「……それで、ダンブルドアの助手、だと?ダンブルドアに助手なんて必要なものか」

 代わりに私は皮肉を言った。しかしは動じずに、頷く。

「うん、本当にそうだと思う。助手というのはダンブルドアが良く言ってくれただけで、ホグワーツの雑用をいろいろやる予定で」

 はどこか生き生きとしていた。ホグワーツで働くことを楽しみにしているような。
 勝手にすればいい、と思った。

「そうか、おまえの事情はわかった。ではそこをどいてくれるか」

 これ以上こいつと会話をしていたくなかった。
 静かな湖面にさざなみを立たせられるような、そんな気分になる。
 私が突き放すように言うと、はどこか気落ちしたようすで「そっか」と答え、私に道を譲った。
 私はの横を通り抜け、部屋を出る。

 思わず大きなため息が出た。
 なぜだろう、急にどっと疲れが出た。これから先もあいつと顔を合わせなければならないと思うと、気が滅入る。
 しかし、なるべく顔を合わせなければいいだろう。それで、いずれはあいつも私を避けるようになるはず。
 私はもう、誰かに感情を残すことなどすまいと、決めたのだから。

 

2017.12.26
 トップページにもあるように、本連載はヒロインとセブルスそれぞれの視点で描いています。交互に読んでも、ヒロインの話を全部読む→セブルスの話を全部読む(逆も同様)という読み方でもお読みいただけます。
 セブルスの一人称は、教師時期は「私」、学生時代は「僕」にしています。

ヒロイン視点: 1 --- 2
セブルス視点: 1 --- 2

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