もし、神様がひとつだけ願いを叶えてくれるとしたら、何を願う?
生徒の誰かがそんな話をしていた。
ばかばかしい。
神などという存在は、この世界にはいない。
あるのは残酷な現実だけ。
時間は流れ、
かたちあるものは滅びゆく。
たしかなのは、その事実だけだ。
だから私は、この世に希望を持つのをやめた。
神などにはすがるものか。

空虚で、静かな時間が流れてゆく。
魔法薬学の教師としてホグワーツに就任し、何事もなく日々がすぎていった。
廊下や教室を走る生徒の姿は、いまでは笑い声入り混じっている。
闇の帝王の脅威が去り、魔法界に平穏が戻ってから、数年の月日が経った。
絶望的に大きな犠牲によってなりえた平和。
それを思うと、人びとの笑い顔が憎らしくも感じてしまう。
ときどき、自分がなぜここにいるのか、わからなくなる。
なにゆえ私は生きながらえているのか。
けっして埋まることのない傷と空白を抱えたまま。
単に、あの、人の良い老人によって生かされた命。
もう私には、なにもないというのに。

予定していた授業を終え、図書室へと向かった。
自習している生徒の姿もいくつかあったが、人影は少なく、集中して作業に取りかかることができた。
何冊かの書物を借り出し、図書館を後にする。
ホグワーツに流れる空気が、いつの間にか温かになりつつあった。
いつの間にか冬は去り、春を迎えていた。
季節の移ろいなどどうでもよいこと。
ただ、薬品を作るには厄介な季節だ。空気の温度差があると多少面倒だった。
ふと、廊下を下って行くとき、ダンブルドアが歩いている姿が目に留まった。前方から歩みを進めてくる。
軽く会釈をして通り過ぎようとしたところだった。
「やあ、セブルス。きみは授業がない時間帯じゃったか」
そう呼びかけられ、足を止める。ダンブルドアの背後に人影があることに気づいた。
目を、疑った。
「な、……」
意図せず声が漏れていた。
なぜ。
なぜ、こいつが、ここに。
「今日からわしの助手に就いてもらうことになった、じゃ」
ダンブルドアが明るい声で言う。
「は……?助手!?」
私の声は高い天井に響き渡ってこだました。
いや、ダンブルドアが助手を取るなど、聞いていない。そもそもこの大魔法使いに助手などいるものか。
それが、よりにもよってなぜなんだ。
こいつは。
ホグワーツ卒業以来、完全に姿を消したものだと思っていたのに。
「セブルス……おひさしぶり」
は苦笑いのような、困ったような表情を浮かべていた。
私は。
私は、怒りとも憎しみとも、なんともいえない感情が湧いてくるのを感じた。
「、おまえ……」
「ああ、そうじゃった。ハグリッドと約束があったんじゃ」
ダンブルドアが手を打つ。
「セブルス、いずこかへの道中で悪いが、を三階の空き部屋に連れて行ってくれるか?先日整理を頼んでおった部屋じゃ。わかるの?」
なにを、急に。
そういえば、……。先日のダンブルドアとのやり取りを思い返した。「新しい人材が来るかもしれない」、そう言ったダンブルドアを手伝い、ひとつの空き部屋を居室に変えたのだ。
その新しい人材というのがだというのか?
「は……場所は、わかりますが、」
「それとも、何か急用があったかの?」
「い、いえ……」
急用などと言われてしまえば、そんなものは何もない。何もないが
。
「では頼んだ。、すまぬがまたあとで」
ダンブルドアはにこりと笑い、私の返答を聞かずに行ってしまった。
おそらく、約束など嘘なのだろう。何かの気を回したつもりなのかもしれないが、余計な世話だと思った。
と話すことなど、何もない。
そもそも向こうから去って行ったのだ。私の前から、忽然と。
それなのに。それなのに、なぜ、こいつは私を見て泣きそうな顔をしているんだ。
「あの……セブルス」
の言い分などどうでもいい。私は遮り、言った。
「
おまえの部屋は、こっちだ」
私は、与えられた指示をこなすだけだ。

ホグワーツ在学中において、と私は、いわゆる友人という関係だった、と思う。あいつはレイブンクローだったが、何かと私に話しかけてきて、いつの間にか近くにいた。
同じスリザリンでも私を避ける者が多かった中で、の存在は稀有だった。はじめは煩わしい女だと思った。東洋人でマグルのあいつは、言葉やホグワーツのことなど、知らないことを知るために私に近づいただけなのだと思った。しかし、頼られること自体は悪い気分がするものではなかった。
なによりあいつは、私を認めてくれていた。
唯一の友。そんなふうに思ったことすらあったというのに。
ホグワーツ卒業と同時に、あいつは私の前から忽然と姿を消した。
ああ、こいつもか。
裏切られたのだと、思った。

私はをホグワーツ三階の空き部屋に案内をした。きょろきょろと室内を見回すを置いて、私は部屋を出ようとした。
もうこいつとは関わるまい。そう、決めた。
「セブルス、あの」
が声をかけてくるが、構わずに部屋の出口に足を運ばせる。しかし、は回り込んで私の前に立ちふさがった。
「説明、させてほしいの」
「何を」
私は吐き捨てるように言う。は構わずに続けた。
「私
ホグワーツを卒業して、日本に帰って……闇の帝王が怖くて、その存在に支配された魔法界も怖くて、逃げた」
たしかに、当時の魔法界は暗澹としていて、国外に逃亡した者も多かった。そのことを責めるつもりはない。
ただ。友人だと思っていた人間が、手のひらを返したように私の前から消え去り、ほとんど何も告げずに消息を絶ったことに、腹が立っていた。こいつは結局、私を利用していただけなのだと。私はこいつにとって、都合の良い存在だったのだと。
「でも……セブルスとあんなふうに……別れてしまったのは後悔していて……。いま……ちょうど、ホグワーツの仕事に空きがあるというから……応募したの」
何を、いまさら。私は。を責める気分にもなれなかった。私の感情はもう、喜怒哀楽を失くしてしまっている。
先ほどは一時、怒りのような感情が浮かんできたが、それだけだ。
「……それで、ダンブルドアの助手、だと?ダンブルドアに助手なんて必要なものか」
代わりに私は皮肉を言った。しかしは動じずに、頷く。
「うん、本当にそうだと思う。助手というのはダンブルドアが良く言ってくれただけで、ホグワーツの雑用をいろいろやる予定で」
はどこか生き生きとしていた。ホグワーツで働くことを楽しみにしているような。
勝手にすればいい、と思った。
「そうか、おまえの事情はわかった。ではそこをどいてくれるか」
これ以上こいつと会話をしていたくなかった。
静かな湖面にさざなみを立たせられるような、そんな気分になる。
私が突き放すように言うと、はどこか気落ちしたようすで「そっか」と答え、私に道を譲った。
私はの横を通り抜け、部屋を出る。
思わず大きなため息が出た。
なぜだろう、急にどっと疲れが出た。これから先もあいつと顔を合わせなければならないと思うと、気が滅入る。
しかし、なるべく顔を合わせなければいいだろう。それで、いずれはあいつも私を避けるようになるはず。
私はもう、誰かに感情を残すことなどすまいと、決めたのだから。
2017.12.26
トップページにもあるように、本連載はヒロインとセブルスそれぞれの視点で描いています。交互に読んでも、ヒロインの話を全部読む→セブルスの話を全部読む(逆も同様)という読み方でもお読みいただけます。
セブルスの一人称は、教師時期は「私」、学生時代は「僕」にしています。
ヒロイン視点:
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セブルス視点: 1 ---
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