2. 過去 -出逢い-



 私がセブルスとはじめて逢ったのは、ホグワーツ特急の中だった。
 今でもあの日、あの瞬間のことを、私は手に取るように思い出すことができる。
 すべてのきっかけになった、あのときのことを。

 日本に暮らしていた私は、魔法の存在も知らないただの小学生だった。
 そんな私のもとに、ある日、ホグワーツから手紙が届いた。
 『ホグワーツ魔法魔術学校に入学を許可します』、と。
 はじめは何かの悪戯だと思った。けれども、亡くなったひいおばあちゃんもホグワーツに通っていたということが判明した。それを伝え聞いていた家族は、作り話や冗談なのだと思っていたそうだ。
 国外、しかも魔法学校なんていう定かではないところに娘を通わせるなんて、両親は猛反対した。
 でも、幼い私は“魔法”という言葉に絶大な憧れを抱いていて、何がなんでも魔法学校に通いたかった。当然、両親とは大喧嘩。それでも私は自分の考えを曲げなかった。「ホグワーツに通えなければ家を出る」、と号泣しながら訴えた結果、最終的には両親が渋々折れてくれた。とはいっても、ダイアゴン横丁で必要なものを買い揃えるとき、魔法を見たふたりは私以上にはしゃいでいた。




 9月1日。
 ロンドンのキングズ・クロス、9と4分の3番線。
 本来なら存在しない列車乗り場で真紅の汽車を発見したときの興奮は、いまでも覚えている。
 それと同時に、どうしようもない不安が押し寄せてきたことも。

 これからは、両親と離れて暮らさなければならない。
 しかも、海外で生活するのははじめてのこと。当然ながら日本語は通じない。
 加えて、魔法という未知の世界に飛び込もうとしている。

 それまで歓喜のあまり押しやられていた不安が、どっと溢れてきた。

 列車に乗ると、不安は恐怖に変わっていった。
 周りの子どもたちがしゃべっている言葉が、聞き取れない。
 英語は猛勉強したつもりだった。イギリスに着いて、ホテルやお店の人とやり取りするには不自由がなかったので、「これならやっていける」と思いはじめていた矢先だった。
 子どもが話す容赦ないスピード、さらに略語や造語、魔法界の専門用語がまったくわからない。
 さらに、見知らぬ魔法の道具の数々。
 日本人はおろか、東洋人すら見当たらなかった。

 そのなかで私は確実に浮いていた。
 挙動不審でおろおろしているものだから、強気な男の子グループに格好のターゲットにされた。

「おい、オマエ。なにキョロキョロしてんだよ」

 三人組の男の子だった。赤毛で身体が大きい子がリーダーのようで、あとの二人は彼の横にくっついている。
 彼らは私が進もうとしている通路を遮って、立ちふさがっていた。

「ヘンな顔。〜〜〜〜〜〜?」

 リーダーの子が言うと、アハハと周りの子分も笑う。
 私は、何も反応ができなかった。彼の言葉が聞き取れない。人をけなす言葉なんて、覚えてこなかった。けれども、馬鹿にされているのは確実にわかった。
 これが日本語だったら、言い返していたと思う。けれども私は、何も返せなかった。すっかり身も心も萎縮しきっていた。

 おどおどする私をさらにおもしろがって、三人は次々とわけのわからない言葉を投げかけてくる。その意味はひとつも理解できなかったけれど、不思議と悔しくて、悲しくて、腹立たしかった。

 帰りたい。
 魔法学校に行きたいなんて言った、私が馬鹿だった。
 今からでも入学を取り消してもらおうか。

 泣きそうになりながら、そんなことを考えていたときだった。


「うるさい」

 コンパートメントの扉がぴしゃりと開き、ひとりの少年が姿を現した。
 真っ黒の髪。同じ色の漆黒のローブ。
 同い年とは思えないほどの、落ち着いた瞳。
 彼は、不愉快そうな顔で、私と男の子たちを見ていた。

「静かにしてくれないか。読書中なんだ」

 体格のいい男の子を前にしても、冷静な声だった。
    私は。
 この少年が神々しく見えた。
 まるでピンチの場面に救出に来てくれた王子さまだ、とさえ思った。
 三人組は、この場を邪魔されたことに腹が立ったのか、ターゲットを移動させた。

「なんだぁ、おまえ、エラそうに」

 リーダー格の男の子が、黒髪の少年に顔を近づけて言う。
 睨まれてもまったく動じない少年に、いらいらを募らせているようだった。

「汚い顔を近づけないでくれるか」

 少年のひと言に、リーダー格の男の子が顔を真っ赤にして震えだした。

「な、なんだって!?」

 そう叫んで、黒髪の少年のローブに掴みかかる。
 それでも彼は動揺せず、ローブの中から小さな小瓶を取り出した。ぼそりと何かを小さく呟いて、赤毛の子の顔に向けて中身を投げつける。
 飛び散った液体に怯み、少年から手を離した赤毛の子は後ずさった。
 かと思うと   その顔じゅうに、ブツブツのできものが広がってゆく。
 違和感を察した男の子は、自分の顔を触り、蒼白になった。

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

 赤毛の男子は、叫びながら列車の通路を駆けて行ってしまった。
 あとに残された取り巻きの子たちも、彼の姿を追って走ってゆく。

    私は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
 いじめっこたちが逃げていってしまった。
 少年が「はぁ」と小さくため息を吐いたので、私ははっとした。彼がもとのコンパートメントに戻ろうとしたのを慌てて追う。
 座席に座った少年は、私もついてきたことを知って、あからさまに不快な表情で睨みつけてきた。

「あ、あの!助けてくれて、ありがとう……」

 私はたどたどしい英語で告げる。精いっぱいの心を込めて。
 でも、少年はただ「ふん」、と鼻で返事をしただけだった。

「私、日本人で……英語も、魔法のことも、よくわからなくて」

 この少年なら何か教えてくれるかもしれない。そう期待して、私は向かいに腰掛けた。
 少年は私の姿をまじまじと見つめた。やはり不愉快そうな表情を崩さない。

「僕はおまえを助けたわけじゃない。ただあいつらがうるさかっただけだ。僕はひとりになりたいんだ。ここから出ていってくれるか?」

 そう早口に言われたけれど、彼の言葉をひと言も聞き逃すまいと耳を澄ませていた私は、なんとか聞き取ることができた。
 彼は本当に迷惑そうな表情だった。申し訳ないと頭ではわかっていても、私は引き下がれなかった。
 彼に見捨てられたら、私は魔法界でやっていけない。
 彼のことを救世主だと思った。最後の頼みの綱だと。

「邪魔をしてごめんなさい、でも、私本当に何もわからなくて……。少しでかまわないから、魔法のこと、教えてくれないかな……」

 緊張をしていた私の文法は、間違いだらけだったと思う。けれど、相手には伝わっているようだった。彼はますます面倒くさそうな表情をしたから。
 私は彼の機嫌を取るため、ひとまず名乗ることにした。

「あの、私の名前は、。日本から来たの」

 少年は細い目で私を睨むように見たあと、ため息混じりに言った。

   あらためて言うが、出ていってくれるか、“”」

 少年が私のことを名前で呼んだことに、私は雷に撃たれたようになった。
 男の子に名前で呼ばれるなんてなかったことだったし、初対面で、しかも、彼は私のことを煙たがっているのだと思っていたのに。
 私はもう、彼に運命的なものを感じてしまっていた。

「あの、それじゃあ、本を読む邪魔はしないから……おとなしくしているから、ここにいてもいいかな……。さっきの男の子たちに会いたくないし……」

 私は、彼ともう少し一緒にいたい気持ちもあって、そう言った。
 彼は相変わらず私を冷たい目で見ている。
 でも、彼は、私を名前で呼んだ。きっと何か理由があるのだと、私は引き下がらなかった。本当は照れ屋なだけかもしれない、と。

「一生のお願い……!」

 私は覚えたての語彙を用いて、手のひらを合わせて懇願した。
 しばらくその状態で頭を下げていると、大きなため息が返ってきた。

「……僕の邪魔はしないんだな?」
「う、うん!しない」
「だったら仕方ない……追い出そうとしても、逆にうるさいだけだろうしな」
「ほんとに?ありがとう!」

 私は泣きそうになりながら、少年を見た。

「……ねえ、きみ、名前は?」

 私が訊ねると、彼は本当に嫌そうな顔をした。
 私は「“きみ”じゃ、呼びにくいから」ともごもご答える。
 やがて、少年は小さな声で、言った。

   セブルス・スネイプ」
「セブルス……スネイプ」

 私は口の中で繰り返す。
 名前を教えてもらえた。一緒にいてもいいと言ってくれた。
 私はすっかり舞い上がっていた。“邪魔をしない”という約束を早速忘れて。

「セブルスは、もう、いろいろな魔法が使えるの?」

 私が訊くと、セブルスは少し驚いたように目を丸くした。
 後々考えると、私もセブルスの名前をいきなり呼び捨てにしたことになる。このときの私は何も考えておらず、ただ、“セブルス”のほうが口に馴染んだからそう呼んだだけだった。
 黙れと言われる前に、私は続ける。

「さっき男の子たちに投げつけた薬。あれも魔法でしょ?すごいね、どうやったの?」
「……あれは……昨日、本を見て試しに作ってみたんだ」
「本を見て?すごいね!」

 私は心からセブルスのことを尊敬した。
 私を助けてくれたこと。もう魔法薬の調合ができるということ。
 私は自分の語彙力をフル稼働させて、ありとあらゆる誉め言葉を投げつけた。
 セブルスは少し気を良くしてくれたのか、ぽつぽつと魔法のことを話して聞かせてくれた。
 ホグワーツには四つの寮があること。他にも魔法学校があること。これから学ぶであろう科目のことについて、などなど……。

 列車が目的地に着くころには、私はすっかりセブルスに懐いてしまっていた。ホグワーツへ向かう道中も彼にくっついて行き、組み分けで彼と違う寮になったときは泣いてしまうかと思った。

 セブルスはスリザリン。私はレイヴンクロー。寮は異なるけれど、私は彼への親交と信仰は失わなかった。むしろ、誰よりも頼りにしていた。
 私は事あるごとにセブルスに話しかけ、いろいろなことを教えてもらった。セブルスも少しずつ打ち解けてきてくれた、と思う。

 セブルスは、基本的にほとんど素っ気ないのだけど、根本的には優しいひとだった。相手を傷つけるような言動は、思ったことをそのまま口にしているから。じつはとても繊細で、頭がよくて、負けず嫌いで、冷静かと思ったら情熱もあって、……。セブルスと接する頻度が増えるにつれて、彼の魅力を感じていった。

 セブルスがいなければ、今の私はない、と思う。
 セブルスと出逢えなかったら、ホグワーツに通っていなかった。

 だから。私は、セブルスの感謝の気持ちを伝えたい。そのためにここに戻って来た。
 あなたのおかげで私がどれほど救われたか。

 セブルスは   最愛の人を失い、きっと自分をも責めていると思う。

 セブルスの心の傷を癒やすことは、私にはできない。
 虚ろな目をしているセブルスを見ているのは、とてもつらい。
 だから、過去の私は彼から逃げた。

 けれども。
 今度は。
 今度こそ、私は、……。
 
 せめて、友人としては、彼の助けになりたい。
 それが、私の望みだった。

 

2018.1.10

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セブルス視点: 1 --- 2 --- 3

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