3. 春 -花舞う季節-




 冬の面影が去り、空気が温かみを帯びているのを感じる。
 本格的に、春がやってきた。

 私がホグワーツに来てから二週間ほど経った。
 けれども、あいかわらずセブルスとはきちんと話ができていない。見事に避けられてしまっていた。
 廊下ですれ違って挨拶をしても鼻を鳴らされるだけだし   ひどいときは一瞥もしてくれない   、一度思い切ってセブルスの部屋を訪ねたときには、ノックをしても返事が返ってこなかった。研究室にいる、と聞いていたのに。
 この調子では、これからもずっと会話ができないまま。
 危機感を抱きはじめた私は、かねてからの計画を実行に移すことにした。

 授業がない、週末の早朝。
 私は、地下にあるセブルスの研究室の前をうろうろとさまよっていた。ノックをして頑なに中に閉じこもられては面倒だから、出てきたところを捕まえようかと思っていた。
 幸い、セブルスはそれほど時間が経たずに顔を出してくれた。
 セブルスは私の顔を認めると、一瞬だけ眉を動かして足を止めたけれど、すぐに私の前を早足で通り過ぎようとする。

「おはよう、セブルス」

 声をかけても、案の定返答はない。私は彼の後ろをついて行きながら、呼びかけた。

「ダンブルドアが校長室に来てほしいって」
「……」
「ダイアゴン横丁で仕入れて来てほしいものがあるんだって。月長石とか」
「……」
「校長室の暖炉をダイアゴン横丁に繋いだんだって」

 セブルスは速度を緩めず、振り返らなかったけれど、言葉は返してくれた。

   なぜ私が?おまえが行けばいい。雑用なんだろう?」

 物言いは冷たいけれど、ひとまず会話が成立したことがうれしかった。

「月長石、魔法薬学の授業で必要なものなんでしょう?セブルスが行って実物を見極めたほうがいいんじゃないかな」
「……」

 セブルスはしばらく無言で歩いていたけれど、やがて、ひと言だけ言った。

「わかった。校長室から行けばいいんだな」

 私は「うん」と頷いて、セブルスの背中を追わずに見送ることにした。
 思いのほか事がスムーズに進みそうで、ほっと胸を撫で下ろす。


 





 ダンブルドア不在の校長室は、異様に広く感じた。
 私は煙突飛行粉フルーパウダーの入った小袋を握りしめながら、セブルスの来訪を待った。
 たぶん、来てくれると思う。魔法薬には妥協を許さない人だから、授業で使う材料も自分で選びに行きたいはず。

 私はダンブルドアに懇願して、セブルスと“お遣い”に行けるよう取り計らってもらった。セブルスがどうしてもまともに話してくれない、ふたりで外出する機会がほしい、と。ダンブルドアは快諾してくれた。
 これでもセブルスに突き放されたら   と考えると胸が冷えるけれど、今は前に進むしかない。

 今回もそれほど時間が経たずに、セブルスの姿を見つけた。
 校長室に入ってきたセブルスは、私の顔を見ると目を丸くする。
 何かを言われる前に、私は顔の前で小袋を振った。

「さあ、行きましょう」
「は……?まさか、おまえも行くのか?」
「うん。“雑用”ですから」
「……それなら、おまえだけ行けばいい」
「どれを買えばいいのかよくわからないの。適当な物を買ってきてもいい?」

 セブルスはぐっと押し黙る。

「ダンブルドアの許可もちゃんと得ているし、買うもののリストももらってる。さ、行こう……?」

 私はセブルスの腕を掴み、手のひらに煙突飛行粉の袋を載せた。そして暖炉のほうへとセブルスを押しやる。
 セブルスは少しの間渋い表情をしていたけれど、やがて観念したように、暖炉の中へと向かった。

 ダイアゴン横丁に着くと、セブルスは私の存在などないかのように、まっすぐに薬局へと向かっていった。私は久しぶりの繁華街に懐かしさを感じる暇もなく、慌ててセブルスの後を追う。
 薄暗い店内で、セブルスは薬草や鉱石などの材料をじっくりと手にとって眺めていた。

 真剣な表情。
 熱心なまなざし。

 ああ、私の好きな顔だなあ、と思う。

 私は話しかけるでもなく、距離を空けてセブルスのようすを眺めていた。

 しばらくして、セブルスはいくつかの品物を購入し、店を出た。そのままホグワーツからやって来た暖炉まで戻ろうとしたので、私はセブルスの腕を引っ張って止めた。

「ねえ、セブルス。ちょっと寄り道をしない?」

 想定通り、セブルスは不快そうな表情をする。
 私は怯まずに続けた。

「そんなに時間は取らせないから。ね?」

 これは、嘘になってしまうかもしれないけれど。

   おまえひとりで行けばいい」
「セブルスと一緒に行きたいのよ。お願い」
「いやだ」

 こうはっきり言われてしまうと、さすがにめげそうになる。
 それでも。
 セブルスに不快な思いをさせてしまうとしても。
 単なる私のわがままだけれど。
 セブルスと一緒に、観たいものがあった。

「お願い、一生のお願いだから」

 私が声を大きくして頭を下げるものだから、往来の人びとがちらちらと私たちに視線を投げてよこした。
 セブルスも居心地が悪いのか、少し慌てたような声を出す。

「お、おい、顔を上げろ」
「一緒に寄り道、してくれる?」

 我ながら子どもじみた方法だと思う。
 けれども、手段を選んでいる時間が、私にはない。
 セブルスはしばらく沈黙したあと、ため息とともに答えてくれた。

   わかった。ただし、少しだけ……今回だけだからな」

 私は勢いよく顔を上げて、「ありがとう」と言った。

 ついて来てはくれるものの、セブルスの表情はどんどん不機嫌なものになっていった。
 ダイアゴン横丁を出、漏れ鍋を通り過ぎ、ロンドンの街中に出たときには「どこに行くんだ」としきりに聞いてきた。
 さらにロンドンからバスに乗ったときには、「何が時間は取らせないだ」「思い切り遠出じゃないか」などとぶつぶつ文句を言っていた。

 私はロンドンのガイドブック片手に、きちんとマーカーで記したバスの路線図を辿りながら、セブルスを案内した。私の英語のレベルが若干下がっていたので、セブルスの力を借りずにはいられなかったのだけど。

 頼りない私だからこそ、セブルスは不満を言いながらもついてきてくれたのかもしれない。
 昔から、セブルスは根本的に優しい。本当に困っている私を見放すことはしなかった。



 バスを乗り継いで私たちがやって来たのは、ロンドン郊外にある公園だった。

「わあ……」

 セブルスに観てもらいたくてやって来たのに、思わず私のほうが感嘆してしまう。
 公園は、美しい桃色に染まっていた。
 そこにあったのは、満開の桜の木々。
 日本にいれば、春は桜、というほど当たり前の存在。毎年その美しさに、たくさんの日本人が酔いしれる。
 私は春の桜を、セブルスと一緒に観たかった。
 でも、イギリスでは日本のような桜の名所というのがほとんど存在しない。イギリスでも春に桜は咲くのだけど、道端に桜の木が一、二本存在する程度、ということが多い。ましてや桜の下で花見をしている人などは、誰もいない。

 けれど、いろいろ調べたところ、ロンドンの郊外に桜がたくさん咲いている公園がひとつだけあった。
 昔、日本を旅して桜の美しさに目覚めたイギリス人が、何百本もの桜の木を植えたらしい。

 セブルスの反応が気になって、私はちらりと上目遣いで彼の顔を見る。セブルスは目を細めて目の前の光景を見つめていた。

「日本の春にはね、たくさんの桜が咲いて、お花見をするの」

 私はセブルスの反応を伺うように、静かに言った。

「少し歩いてみない?」

 セブルスは答えなかったけれど、私が歩みをはじめると、その横についてきてくれた。



 公園にはソメイヨシノのほか、いくつかの種類の桜があった。淡いピンク色の花もあれば、濃いピンク、白、などコントラストの違う花々が咲き乱れている。
 淡い色の、ソメイヨシノの花は少しずつ散りはじめていたけれど、他の桜はまだ盛りのようで、満々と咲き誇っていた。

 私は、セブルスにこの公園の由来や桜のことを話して聞かせた。
 セブルスはどこかぼんやりと景色を見ながら歩いていた。
 穏やかな瞳の色をしているように見えたのは、私がそう願っているからだろうか。

 説明を終えてからは、セブルスに言葉をかけなかった。
 それでも私は、ホグワーツに戻ってきてから一番、セブルスが近くにいるように感じた。
 実際の距離はとてもとても遠く。
 私がたどり着ける道のりではないのだけど。
 それでも、遠くからでも、セブルスを見ていることは許されるような。
 そんな気が、した。

 少しずつ陽が傾いてくる気配があったので、私は口を開いた。

「そろそろ戻ろうか……?」

 セブルスははっとしたように私を見た   気がした。
 しばらくじいっと見つめられて、私は思わず視線を外してしまう。頬がほてるのを感じた。
 さらに、それだけではなくて。
 セブルスはゆっくり私に近づいて来る。
 私のすぐ前で立ち止まったセブルスは、ゆっくりと私に手を伸ばしてきた。
 時の経過が、とてもゆっくりに感じた。
 舞い落ちる桜の花びら。
 どこか夢の中にいるような光景だった。
 私は瞬きも忘れて、目の前のセブルスに見入ってしまった。
 心臓がばくばくと心臓が跳ね上がる。
 身体がもたないかも、と思った。
 そっと、セブルスの手が私の頭に触れる。
 一瞬の、かすかなぬくもり。
 逃げないでほしいと思ったのは刹那、下りてきたセブルスの手には桜の花びらが握られていた。

「あ……花、びら」

 そうか、花びらを取ってくれたのか。
 少しだけ残念で、でもとてもうれしくて。

「ありがとう、……」

 私はその花びらを受け取り、そっとポケットにしまった。

 帰り道、セブルスはあまり言葉を発しなかった。また機嫌が悪くなってしまったのかと思ったけれど、セブルスのまとう私への視線が、今までより少し柔らかくなった気がした。

 ホグワーツに戻り、部屋に帰った私は、桜の花びらを水を張ったコップに浮かべた。
 こうすればしばらく眺めていられるはず。

 できることならずっと、きれいなままでいてほしい。
 春の、柔らかな想い出とともに。

 

2018.2.15

ヒロイン視点: 2 --- 3 --- 4
セブルス視点: 2 --- 3 --- 4

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