ホグワーツで、私はスリザリンに組み分けが決まった。
望んでいた寮に入ることができて心から満足したことを、今でも覚えている。
しかし、反面、物足りない気分にもなっていた。
もし、組み分けからやり直すことができるのなら、何かが変わるだろうか。
彼女がスリザリンに入っていたのなら。
私が
グリフィンドールに入っていたのなら。
馬鹿馬鹿しい。
ともあれ、組み分け後の私は、満ち足りた気分でいたはずだ。ホグワーツへ向かう特急列車の中ではろくな連中に出会わなかったから幸先が不安だったが、そんな瑣末なことはすぐに忘れようと思った。
思った、のに。
「セブルス、スリザリン、だよね……」
入学式、という気だるい行事を終えたあと、まるでこの世の終わりを迎えるような顔をしたが私の隣にやって来た。
「私……レイヴンクローだった……」
私は感情も込めずに、「そうか」と返す。実際に何の感慨も湧いてこなかった。
一体こいつは何を確認したくてやって来たのだ。
どことなく不愉快な気持ちが浮かび上がってきて、私は言った。
「寮が違うということは、世界が違うのとほぼ同意だな。もうおまえと会うこともないだろ」
「え!?」
は驚愕し、うつむかせていた顔を勢いよく上げる。
「う、うそ、そんなにちがうの?」
「レイヴンクローの寮は西塔だろう。スリザリンは地下だ」
「遠いの、それって」
「物理的な距離もそうだし、そもそもホグワーツは何をするにも寮単位で行動する。特急の中で話しただろ。寮ごとに点数を競って争ったりもするし」
「ええー……」
「何をそんなに落ち込むんだ。おまえと僕は一時的に知り合った仲だろう。これからは敵どうしだ」
「そんな!敵だなんて、そんな……」
「もう僕に構う必要はないだろ。寮の中でつるめばいい。じゃあ、僕はスリザリン寮に行くから」
私は振り返らずにその場を去った。
これでこいつとの縁は切れたと、たしかにはっきりと思った。

が。
数日後、私を見つけたが駆け寄って来た。
「おはよう、セブルス。あのね、……昨日の魔法薬学でわからないところがあってね」
私は極めて不快な表情をして、
「他のやつに聞けばいいだろ」
と返した。しかしは、
「セブルスの教え方が一番うまいんだもん。他の人に聞いてもよけいにわからなくなって……ホグワーツ特急で、セブルスの話が、すごくわかりやすかったから」
と言ってくる。
こう言われて悪い気分になるわけがない。とりわけ、まだ幼心を持っていた時分だ。
私は親切に質問に対する返答をしてやった。
すると、は「ありがとう」と目を輝かせて駆けて行った。スキップでもせんばかりの勢いで。
それからというもの、は私がひとりでいるところを見計らって、私の隣にやって来ては質問をした。
「セブルス……ウィンガーディアム・レヴィオーサ、の呪文がぜんぜんうまくいかなくて……」
「ねえねえ、蛙チョコレートってなあに?」
「あのさ、『Bertie Bott's Every Flavour Beans』
これって、どういうもの?マメ?」
そもそもこいつは英語の発音が下手で、単語力がないので、それを指摘してやった。
教えてやると、毎回丁寧に礼を言い、明るい顔で帰っていく。
時には、
「セブルスの教え方は、簡潔で的を射ていてすごくわかりやすい」
などと言った。
あれこれ聞かれることは面倒だったが、悪い気分は減っていった。
はしだいに、機会を図って図書館についてくるなど、隣にいる時間が増えてきた。
いや
はじめは、後ろについてくる、と表現したほうが相応しい。尻尾を振りながらついてくる子犬のようだった。
私は、当時から人にまとわりつかれるのが嫌いだった。
それにもかかわらずにたいして嫌な感情が消えていったのは、がよい聞き手だった、というのもあるだろう。
は、話しかけてくるときこそ多弁だが、こちらが話しているときは口を挟まず、じっと耳を澄ませている。言葉に慣れていないというのもあったのだろうが、そうしたの態度は、こいつが言語に苦労しなくなってからも続いた。
それに、私が何かを教えてやると本当に感心したような表情になり、礼を言うのは忘れない。
私が集中しているときは基本的に話しかけてこない。うるさいように思えて、じつは静かだった。
頭が悪そうなやつ、と思ったのは最初だけで、さすがにレイヴンクローに入るだけあって、呑み込みが早かった。
百合の少女にたいして、は野の花のようだ、と思ったこともある。
凛として美しく、明るく、目立った存在の百合。
名もなく際立ちはしないが、打たれ弱そうに見えてじつはしっかりと踏みとどまる、身近な存在の、野の花。
私はを、“友人”として認めるようになっていった。
と話すことは、どこか居心地がよかった
と思う。

が生徒、私が教え役、という構造が続いたのは、ホグワーツの一年目か二年目までだっただろうか。
は言葉に不自由がなくなった。魔法界の常識や知識も覚えていった。授業にも苦労をしなくなった。友人もできていったようだ。
ああ、私からは離れてゆくだろうなと思った。
は私のことなど“都合のよい存在”だと考えているだろう。その考えは、ずっと念頭にあった。
私からひと通り教わり生活に不自由がなくなれば、私の前から去って行くだろうと思っていた。
しかし。
は変わらずに私に関わってきた。
授業
主に魔法薬学
でわからないことがある、と聞きに来ることもあれば、単なる雑談をしにくることもあった。
あいつも私を友人だと思っているようだった。
共に他愛もない話をしたり、週末を過ごしたり、ホグズミードに行ったりすることもあった。
いつだったか、私に誕生日だと言って手袋を渡してきたこともあった。
だが
一時期、私を見かけても目も合わさなくなった時期があった。
あいつがそういう態度を取るのははじめてだった。
何かまずいことを言ったか?
そう逡巡してしまう自分を鼻で笑う。
べつにあいつに何をどう思われたところで、私が気にする必要もないというのに。
だが、あいつの態度に思い当たる節があり、私はどこか釈然としない気持ちになっていた。
おそらく
は、気にしていたのだと思う。
時折私たちがふたりでいるところを見かけた生徒が私たちをからかうようなことを言い、あいつはそれを嫌がる節があった。
私との関係を揶揄されたことにではなく、私に迷惑がかかるのでは、というようなことを。
馬鹿馬鹿しい。
「おい、」
私はわざと、あいつが人といるところで話しかけた。
は驚いたように目を丸くしていた。
「新しく調合した薬があるんだ。実験に付き合え」
「え、」
躊躇うに断る隙を与えず、私は腕を引っ張っていった。
やがて、手を離してもはついて来たが、どこか足取りが重かった。
「
僕に付き合うのは迷惑か?」
「え、……つ、付き合う!?」
「実験とか……話、とか。前は勉強を見てやってただろ」
「あ、そういうこと……」
と私は、立ち止まっていた。
は視線を下に向けて、弱々しく続ける。
「べつに……私は、……迷惑なんて思ってない……けど」
「当然だろうな。迷惑してたのは僕のほうだし」
「えっ」
は顔を上げ、傷ついたような表情をする。
「最初、僕が嫌がるのに隣に座ってきただろう。ホグワーツ特急の、コンパートメントで」
「そう……だったね」
「一番はじめにそうしておいて、今さら僕の迷惑なんて考えるな」
「セブルス……」
「ほら。ポッターたちに試す薬を作るんだ、付き合ってもらうからな」
「うん」
は満面の笑みで、答えた。
人に流されそうに見えて、頑なで。
弱々しそうに見えて、強がりで。
横柄に思えて、人の顔色を伺って。
は、そんなやつだった。
数少ない
いや
唯一の私の理解者、だった、かもしれない。
2018.3.22
ヒロイン視点:
3 ---
4 ---
5
セブルス視点:
3 --- 4 ---
5
Top