と共に桜を観に行ってしまったせいか、あいつは少しずつ馴れ馴れしくなっていった。
いや、もとから、か。
無視をするとますます近寄ってくる気がして、私は何度かはあいつの誘いに応じてやることにした。
ダンブルドアの口添えもあったから、だ。
「どうじゃ、と仲直りはできたかの?」
春の終わりが見え隠れしてきたころ、ダンブルドアが私の自室にやって来て、訊ねた。
「
そもそもあいつと喧嘩などしておりません。喧嘩をするほどの仲ではなかったので」
「ほう?」
ダンブルドアは興味深そうに薄く目を閉じる。
私は、この目が苦手だ。
何でも見透かしているような、この目線が。
「できました。いつもの薬です」
「ああ、ありがとう」
私は調合したばかりの粉薬を皮袋に入れて、ダンブルドアに手渡す。
「どうもこのところ年のせいか疲れが取れなくてのう……セブルスの薬はとても助かっておるよ」
たしかにこの老人は無理をしすぎだと思う。いろいろな事象に首を突っ込みたがるのだ。
「校長、少し手を休めるということをしてはいかがですか」
「そうじゃの」
ダンブルドアはなぜかにこりと微笑む。
怪訝そうな顔をしていると、校長が笑みの理由を説明するように告げた。
「セブルスは、優しいのう」
「……は、……?」
「わしに“休め”と言ってくれるのは、セブルスだけじゃ。皆はわしに働けと言う」
ダンブルドアはくつくつと笑う。
やはりこの人のことは、苦手だ。
どこまでが冗談なのかが判からない。
私が眉間に力を入れていると、ダンブルドアは「それじゃあ」と私に背を見せ去ってゆく。
「と仲良く、の」
最後にゆっくりとそう告げて。

夏が深まってきたころ、が突然私の部屋にやって来た。
「ねえ、セブルス。今から、時間ある?」
私は思わず時計を見てしまった。
「おまえの常識はいったいどうなっている?もう深夜に近いぞ」
「わかってる、ごめんなさい。あのね、今日、ペルセウス座流星群が降るんだって」
「……は?」
「ペルセウス座流星群。流れ星。今夜、今世紀最大級の流れ星が観られるんだって」
流星群、だと。こいつはいきなり何を言い出すのだ。
私が唖然としていると、は続けた。
「セブルス、流星群なんて観たことある?」
そんなものを、今までに意識したこともなかった。
夜空の星など当たり前に存在しているもので、わざわざ気にかけるようなものではない。
「ない」、と答えると、は畳み掛けるような口調で言う。
「それならほら、良い経験だと思って、観に行こうよ」
「何がどう良い経験なんだ」
「今はちょうど新月で月明かりがないから、すごくよく見えるんだって。こんなチャンス二度とないかもしれないって」
は私の反応など待たず、「アクシオ」、と唱える。黒のローブがふわりとの手元に降りた。
「セブルスが行かないなら私ひとりで行くね。ひとりで今世紀最大の流れ星を観てくるから」
「……勝手にしたらいい」
私が返すと、は少しむっとしたように眉根を寄せた。
が、それは一瞬のことで、軽快な口ぶりで、
「そっか、わかった。じゃあね」
と言った。
これまでのこいつの思考からすると、しつこく私を誘ってくるかと思ったが、予想外にあっさりと引き下がった。
「セブルスは気に入ると思ったんだけどなー」
そうぽつりと言い残して、は部屋を出てゆく。
何なんだ、まったく。
“今世紀最大の流星群”、だと。
たかだか星が天を流れていくだけの現象が、何だというんだ。
たしかに私は、流星というものを見たことがない。
観測の好機が二度とないと言っても、そんなもの、……。
「……」
私は壁にかかっていたローブを掴み取り、部屋を出た。
とはすぐに合流できた。
の足取りは遅く、まるで私が来ることを悟っていたかのようで腹立たしい。
しかし、あとからこいつに流星群の素晴らしさだとかをうんざりするほど説かれるよりは、今こいつの術中にはまったほうがましだ。
「あ、セブルスも行くの?」
はそうにっこりと笑っただけで、嫌味もなにも言わなかった。
「ここでおまえ一人を行かせたら、あとで自慢話をさんざん聞かされるはめになるだろうからな」
「そうだね」
はにこにこと笑っている。
癪だったが、嫌らしい笑い方ではなかったので、気に留めないことにした。
は校舎を出て、暗い校庭を進んでゆく。
月明かりがないので、杖の光を頼りにして歩いた。
「どこまで行くんだ?」
私がの背中に問いかけると、は振り返らずに答えた。
「湖」
「湖?」
「ね、なんだか学生のときに戻った気分。どきどきするね、城を抜け出すなんて」
の声は弾んでいた。
「
生徒がいなくてよかったな。悪い見本になる」
ホグワーツの生徒は夏休みで、皆帰省している。教師も家に帰っている者が多かった。
「講師の特権だね、こういうの」
「権利の乱用には反対だ」
が振り返ってくすくすと笑う。
私も、奇妙な気分になりつつあった。
広大なホグワーツの敷地。
そこをぐいぐいと進んで行く姿は、私たちしか見当たらない。
開放感のようなものがあった。
このホグワーツを独占しているような、不思議な心持ち。
「セブルス、見て!」
考え事にふけっていると、が指を上に掲げて声を上げた。
私もつられて上を見ると
。
光が、空を流れていた。
すっと流れた閃光は、まばゆい光を放って消える。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
次々に閃光が流れてゆく。
深い暗闇に現れた、光の宴だった。
気がつくと、私はに引かれて湖畔にやって来ていた。
流れる星の光が水面に映し出され、私たちは光の世界に包まれた。
圧倒的な自然現象。
美しい、と思う。
しかし、これは星が
死にゆく現象だ。
生まれたものは消えゆくと。
いかに至高の存在であるとはいえそれは普遍の事実なのだと。
そういうことを突きつけられているようだった。
そんな、摂理など
。
「セブ……ルス?」
の声で、我に返る。呼ばれてはじめて、目が乾ききっていることに気がついた。長い時間瞬きも忘れていたらしい。
私は一切の感情と感傷を捨て去ろうとした。
それには長い時間を要したが、とまともに会話できるまでには回復した。
「すごいね」
どこか遠慮がちに、は私に感想を伝えてくる。
私は「そうだな」と答えた。
喉もすっかり乾いていた。
「あの、ごめん。こういうの、つまらなかったかな」
私の態度が静かであるため、は不安になったのだろう。
私は「そういうわけじゃない」と首を振った。
「こういうことははじめて見る事象だから、興味深い」
少しずつ、自分が言葉を発しているという自覚を持ちはじめる。
現実の世界に戻ってゆく。
「そう……?それなら良かった。セブルスも連れて来た甲斐があったかな」
はそっと微笑んでいた。
強引なところと謙虚なところがアンバランスすぎるのだ、こいつは。
どうせならすべてわがままでいれば良いものを。
いや、がそういう人間だったら、私は今、こいつの隣にはいないだろう、……。
「まさかおまえ、季節ごとに私を連れ出すつもりじゃないだろうな」
私は皮肉を込めたように言う。
春は桜、夏は流星群と付き合わされている。
だが、……悪くはない、暇であれば同行してやってもいいか、とも考えはじめていた。
「さあ、それはどうかな。あ、でも、夏の間に海には行きたいな」
は何かを企むようににやりと笑う。
海、だって。
この機会だけで満足しないのか。
「もう新学期が近いだろう。来年に行けばいい、おまえひとりでな」
私は肩をすくめる。
はすぐに言い返してくるかと思いきや、わずかに間があった。
「あ、
私、ね……ホグワーツは、一年の契約だから」
星を見ていた私は、の言葉が理解できず、に視線を向けた。
「は、……?」
「来年にはね、日本に戻らないといけないの。ここにいられるのは一年だけ」
なん、だって。
一年だけ……?
「来年からは日本を離れられない事情があって、自由になるのは今年だけだったの。だから、今年は、想い出がたくさんあるホグワーツで過ごしたかった。私のわがままを、ダンブルドアが聞いてくれたの」
は言い訳がましく、つらつらと言葉を述べる。
ホグワーツにいるのは、今年だけ。
来年になれば、は去ってゆく。
以前と同じように、私の前から。
また裏切られた。
そんな言葉が頭を過る。
しかし、怒りよりも言葉にできない静かな感情が湧き上がってきて、私は何も言えなかった。
「あのね……セブルス、ごめんなさい。ホグワーツを卒業した後、セブルスとばっさり縁を切るようなことをして、そのことを、私……すごく後悔をしていて……。ずっと、謝りたかったの」
ホグワーツ最終学年で、闇の道に進む私を見ても、こいつは私の近くにいた。
それなのに、卒業と同時に私の目の前から消えていった。
私の理解者だと思っていたのに。
そのときに感じた怒りと悲しみは、今でもはっきりと思い起こすことができる。
「セブルスと
また、友だちどうしに戻りたかった……一年だけっていう勝手な私の都合だけど、昔みたいに……セブルスと、普通に話したいって……思って」
の言葉は、真実だろうか。
本当に私のことを友人だと思っているのか。
また裏切られるのではないだろうか。
実際に、こいつはあと一年もしないうちに私の前から去ってゆくのだ。
けれども。
信じてみてもいいかもしれない、と思った。
ホグワーツ在籍時と何も変わらない、わがままで強引で、そのくせ慎み深いところもある、こいつの言うことを。
「
本当に勝手だな、おまえは」
私は小さなため息とともに吐き出す。
「はじめからそうだった。勝手にくっついてきて、勝手にいなくなって……。今も、また、……」
ぼんやりと湖面を見つめていると、風で水面が揺れた。
光の筋もゆらりと揺れる。
「もう、いい」
何かを断ち切るように、私はきっぱりと告げる。
は「え?」と驚いたような声を出し、私を見つめていた。
「おまえは自分勝手なやつだ、それはどうしようもないことだ。もう、おまえの好きにしたらいい」
は目と口を丸くし、「ほんとに?」と何度も繰り返す。
「つまり……その、また、昔みたいに戻ってくれるっていうこと……?」
「そんなの、勝手にしたらいいだろう。おまえの得意技だろ」
私が言うと、は脱力したようにほうっと大きな息を吐いた。
そして。
「ありがとう……セブルス……ありがと……」
泣き出しそうなくせに、目一杯の笑顔でそう言う。
私はホグワーツ卒業以来、にたいして怒りを持っていた。憎んでもいた。
しかし
心のどこかでは、それは私の本意ではないことだと、感じていた。ただ、の真意を知りたかっただけだ。
誰かを許すということはとても難しいことで、じつは簡単でもあるのだと、そんな気がした。
空には、輝きを増した星々が最後の光を散らしていった。
2018.4.26
ヒロイン視点:
4 ---
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セブルス視点:
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