春にセブルスと出かけて以来、セブルスと私の距離は、少しずつ縮まってきている
と思う。
挨拶をすると三回に一回くらいは返事をしてくれるようになったし、五回に一回くらいは長話に付き合ってくれるようになったし、十回に一回くらいは部屋でお茶をしてくれるようにもなった。
それでも、昔のような関係にはまだ遠い、と思う。
けれど。
今くらいの距離感のほうがいいのかもしれない。
いや、それとも、……。
私は本当に正しい選択をしたのか、不安でたまらなくなるときがある。
春を過ぎて、空気がしだいに温かみを帯びてくる。
とはいえ、春や夏のイギリスの気温は日本の同時期に比べると低く、イギリスでは夏でも20度に届かない日が多い。だからあまり「夏が近づいてきているな」という感覚はなかった。
ホグワーツではじめて夏を過ごしたときは拍子抜けしたっけ。けれど、過ごしやすかった。夏休みに日本に帰ると、湿気や高温ですぐに夏バテしてしまって、すぐにイギリスに戻りたいと思うようになっていた。
もう一生をイギリスで過ごしたっていい、とさえ思ったこともあったのに。
「どうじゃ、セブルスと仲直りはできたかの?」
ダンブルドアが私の部屋にひょっこりと顔を覗かせる。
校長室が近いこともあり、ダンブルドアは頻繁に私のようすを見にやって来てくれていた。この人の力添えがなければ今の私はいないから、本当にありがたい。
「ううん……どうでしょう……少しずつ、は」
「ほっほっほ。セブルスもなかなかに意固地じゃからの。それほどきみが日本に帰ってしまったことがショックだったんじゃろうて」
「そう……でしょうか」
私は曖昧に笑って
少し考えて、続けた。
「でも……まだ、迷ってもいるんです」
「何を、じゃ?」
「前のように
またセブルスと仲良くなってしまったら
未練が残ってしまいそうで。だから、ちょっと怖いんです。それ以上に申し訳ない気持ちも」
ダンブルドアは、深く優しい目をして私を見つめる。
「
」
「あ、そうだ」
私はダンブルドアとの間に流れかけた空気を遮って、ぽんと手を打つ。
「先生にお願いがあるんです」

六月半ばに試験が終わってからは夏休みに入る。生徒はもちろん、教師も帰省する人が多く、ホグワーツから人気がなくなっていた。
がらんとした、箱だけの城。
はじめは、まるでホグワーツが自分の庭になったようで興奮していたけれど、その光景がひと月も続くともの寂しくなった。
言い換えるなら
暇、だった。
春は、セブルスと桜を観に行った。
夏はやはり、海に行きたい。
そのために私は計画を立てていた。ダンブルドアにも許可を得た。
けれど、今年の夏は気温の変化が大きく、肌寒い日が続いたかと思えば夏日になったりと、過ごしにくい時期があった。そのせいで私は、少し体調を崩してしまい
あっという間に、八月に入っていた。
夏は何もしないまま過ぎていってしまうのか。
どこか焦りのような気持ちを抱えはじめたとき、私はひとつのニュースを耳にした。
今年は今世紀最大級のペルセウス座流星群が出現する。
ダンブルドアのお遣いでロンドンに行った際に、私はそのことを知った。
ちょうど流星群が極大を迎える八月の中旬頃は新月に当たるため、今回は観測条件も非常に良いそうだ。
さらに、ホグワーツは周りに明かりがない。
この絶好の機会を逃しては勿体無い。
観測にもっとも相応しい日を調べて、私は行動に移すことにした。

「ねえ、セブルス。今から、時間ある?」
もう真夜中に近くなる刻限、私はセブルスの研究室を訪れた。
想定通り、セブルスは怪訝そうな顔をする。
「おまえの常識はいったいどうなっている?もう深夜に近いぞ」
「わかってる、ごめんなさい」
こんな時間にしっかり起きているセブルスもセブルスだ。もっとも、そのおかげで誘いやすいのだけど。
「あのね、今日、ペルセウス座流星群が降るんだって」
「……は?」
「ペルセウス座流星群。流れ星。今夜、今世紀最大級の流れ星が観られるんだって」
セブルスは私を睨むように見つめたまま、固まった。
「セブルス、流星群なんて観たことある?」
「いや、……ない、が」
「それならほら、良い経験だと思って、観に行こうよ」
「何がどう良い経験なんだ」
「今はちょうど新月で月明かりがないから、すごくよく見えるんだって。こんなチャンス二度とないかもしれないって」
私はアクシオ、と唱えて、上着のローブを呼び出した。
「セブルスが行かないなら私ひとりで行くね。ひとりで今世紀最大の流れ星を観てくるから」
薄暗い夜道を、杖の先に灯した明かりをもとに進んでいく。
明かりは、私の後ろにももうひとつ。
“めったに見られない”、“今世紀で最大の”といった言葉を使うことで、セブルスの好奇心を刺激できたのか、セブルスは思いのほかすんなりとついてきた。
「どこまで行くんだ?」
セブルスが後ろから問いかける。私は前を向いたまま、「湖」と短く答えた。そして、セブルスに何か嫌味を言われる前に、続ける。
「なんだか、学生のときに戻った気分。どきどきするね、城を抜け出すなんて」
「生徒がいなくてよかったな。悪い見本になる」
「講師の特権だね、こういうの」
「権利の乱用には反対だ」
セブルスと私の間に、かつての空気が吹く。
学生時代、他愛のない話を繰り返していた、あのころと同じような。
なぜだか目頭が熱くなってきて、私は空を見上げた。
一筋の光が線を作る。
そう見えたのは、涙が滲んだせいではなかった。
「セブルス、見て!」
私は人差し指を
天に掲げる。セブルスも顔を上げた。
今もまた、光の筋が空を流れ、強い光を放って消えた。
瞬きをすると、もう一筋光が現れた。
流星群が本格的にやってきた。私は立ち尽くすセブルスを引っ張って、湖が見える丘へと急いだ。
そこにあるのは、湖と、空と、星と、セブルスと私だけだった。
すうっと空に現れ、ぱっと光を放って消える星々。時には周囲を明るく照らすほどの強い光になる。
空を駆け、消えゆく星たちの最後の饗宴。
そのようすが水面にも映し出されていて、天も地も光に溢れていた。
宇宙の真ん中に存在しているようだった。
そこには、圧倒的な力と儚さがあった。
「すごい……」
私は何度もそう呟いていた。
けれども、セブルスの反応がまったくないことを不思議に思って、目線を横へと下げる。
セブルスは食い入るように宙を見つめていた。
眉間にぎゅっと皺を寄せて、魅入っているようにも見えたけれど、睨んでいるようにも思えた。
「セブ……ルス?」
彼のようすが気になって、私は呼びかける。
しばらく上を見上げていたセブルスは、私が呼んだことを忘れるくらいの時間が経った後、ようやく私のほうを向いた。
けれど、相変わらず何も言わないので、私から「すごいね」と話しかける。
「そう、だな」
私とは異なって、セブルスはあまり感動、をしているようには見えない。
「あの、ごめん。こういうの、つまらなかったかな」
セブルスも何か感じることがあるのではと思って連れて来たけれど、よくよく考えるとここは魔法の世界なのだ。流星群より派手なパフォーマンスはざらに存在する。
興奮していたのは私だけだったかも、と思ったけれど、セブルスは「いや」と切り出した。
「そういうわけじゃ、ないが……」
セブルスは首を振る。否定をするためというより、何かを振り払うような仕草に思えた。
「
こういうことははじめて見る事象だから、興味深い」
言葉とは裏腹に、セブルスは淡々と言う。でも、セブルスは思っていないことを口にはしない人だから、本音ではあるのだろう。
「そう……?それなら良かった。セブルスも連れて来た甲斐があったかな」
セブルスは小さく苦笑する。
「まさかおまえ、季節ごとに私を連れ出すつもりじゃないだろうな」
「さあ、それはどうかな。あ、でも、夏の間に海には行きたいな」
「もう新学期が近いだろう。来年に行けばいい、おまえひとりでな」
ぞくりと背筋が震えた。
セブルスのいつもの悪態に、笑って返さなければいけない。
「あ、
私、ね……ホグワーツは、一年の契約だから」
空を見上げていたセブルスは、「は?」と乾いた声を出して、私に向き直る。
「来年にはね、日本に戻らないといけないの。ここにいられるのは一年だけ」
「なん、だって」
「来年からは日本を離れられない事情があって、自由になるのは今年だけだったの。だから、今年は、想い出がたくさんあるホグワーツで過ごしたかった。私のわがままを、ダンブルドアが聞いてくれたの」
セブルスはじっと押し黙る。
胸が、痛かった。
こうしてまた、セブルスから離れなければならないことに。
私のどうしようもないわがままに、セブルスを付き合わせてしまうことに。
「あのね……セブルス、ごめんなさい。ホグワーツを卒業した後、セブルスとばっさり縁を切るようなことをして、そのことを、私……すごく後悔をしていて……。ずっと、謝りたかったの」
セブルスの想い人が、別の人と寄り添う。
それを見てセブルスが傷つくところをそばで眺めていられなかった。
そのためにセブルスが闇に堕ちてゆくのを止められず、怖かった。
ひとえに私の弱さゆえのことだ。
今も、本当は、すごく辛い。
最愛の人を失ったセブルスが、ぼろぼろになっている姿を見るのは身を切られるような思いだった。
でも、今度は、逃げたくない。
「私は、セブルスと
また、友だちどうしに戻りたかった……一年だけっていう勝手な私の都合だけど、昔みたいに……セブルスと、普通に話したいって……思って」
勝手に離れて、勝手に戻ってきて。
そしてまた、勝手に去ろうとしている。
私はどこまでわがままなのだろう。
それでも、そうでもしないと、今の状況を乗り越えられそうになかったから。
そんな私を、セブルスは許してくれるだろうか。
セブルスは何も言わなかった。
所在ない私は、空に目を向ける。
相変わらず流星群の来訪は続いていて。
さあ、っと星が流れる音が聞こえてきそうだった。
「
本当に勝手だな、おまえは」
セブルスの小さな声が、風に乗って私の耳元に届く。
「はじめからそうだった。勝手にくっついてきて、勝手にいなくなって……。今も、また、……」
私はセブルスを振り向く。セブルスは湖面にぼんやりと視線を留めていた。
「もう、いい」
「え、」
「おまえは自分勝手なやつだ、それはどうしようもないことだ」
ああ、本格的に愛想をつかされてしまったのだろうか。
けれども、そのほうが良いかもしれない、……。
「……もう、おまえの好きにしたらいい」
「え?」
完全に突き放されたと思ったけれど、セブルスの真意は違うようだった。
私は驚いたのとうれしいのとで、「え」と「本当に?」ばかりを繰り返してしまった。
「つまり……その、また、昔みたいに戻ってくれるっていうこと……?」
「そんなの、勝手にしたらいいだろう。おまえの得意技だろ」
それは。
セブルスなりに、同意してくれたということか。
ああ、よかった。
ほんとうによかった。
ホグワーツを卒業して、セブルスから離れて、ずっとずうっと後悔していた。
セブルスの前から離れるにしても、あんな別れ方をするのではなかったと。
一番傷つけたくない人を、傷つけてしまったのではないかと。
「ありがとう……セブルス……ありがと……」
セブルスはふん、と言ったきり、空を見上げて星の観察をすることに集中したようだった。
私も顔を上げた。
視界には、いっそうきらめく星々。
瞬きをしないように、星の最後を見つめた。
2018.4.19
ヒロイン視点:
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セブルス視点:
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