12. 春-別れ-



 セブルスに自分の気持ちを告げたことを、私は何度か後悔した。
 言うべきじゃなかった。
 この気持ちは墓場まで持ってゆくつもりだったのに。

 そう悔いることもあったけれど、最終的には「悪い選択ではなかった」という結論に落ち着く。
 どうせ私の感情に疎いセブルスのことだ。“友人として好いている”という意図に捕らえたかもしれない。
 それに、自己否定感が強いいまのセブルスに、あなたを大事に想っている人がいるのだと伝えたのは、間違いではなかった、とも思う。思いたい。


 あのあとはじめてセブルスに会うのは少し気まずかったけれど、何事もなかったかのように振る舞うことで、セブルスとそれまで通りの関係を続けた。
 私は何も変わらずに、変えずに、セブルスと話をしたりお茶をしたりした。


 ただ。

 そろそろ自分の身体を誤魔化すには限界がきているようで、嫌でもそのことを痛感せざるを得なかった。

「先生……」

 夜中、もう息が苦しくて仕方なくなって、無礼を承知でダンブルドアの部屋を訪ねた。
 私の顔を見るやいなや、先生は部屋の入り口に飛んできてくれた。

「大丈夫か、
「ちょっと……大丈夫じゃ、ないかもしれません……」
「待っておれ。すぐにポンフリーを呼んでこよう」

 ダンブルドアは私を自室に連れてゆき、ベッドに寝かせ、すぐさまマダム・ポンフリーを呼びに行ってくれた。
 私は魔法使いではない。
 私の病は魔法使いでは治せない。
 それでも、医学を習得した人にそばにいてもらうだけで、身体はいくぶんか楽になった。

「身体全体をリラックスさせる魔法薬が効いてくれていますが……私では……」

 ポンフリーが力なく言う。
 ダンブルドアは答えずに、ただじっと目を伏せていた。
 彼の代わりに、私が口を開くことにした。もうこれ以上、恩師たちに迷惑はかけられない。

「もう……終わり、なんですね……夢みたいな一年は、もう……。おとなしく……日本に、帰ります」

 ダンブルドアが静かに目を開く。

「じゃが、長旅はつらかろう。きみが良ければ、ご両親に連絡を取り、ロンドンの病院を手配しよう」
「そう……ですね。そうしていただけると、たすかります……飛行機に乗るのはちょっとつらい……かも」
「すぐに連絡しよう。安心してお眠り」

 ダンブルドアはそっと私の額を撫でてくれる。
 身体がずうんと重くなった。今までのツケが一気に全身にのしかかってきたかのよう。
 私はすぐに、すとんと深い眠りに入った。

 一年と少し前。
 私は、血液の病気だと診断された。
 現代の医学では治すすべがないと。
 余命は一年もつかどうかだと。

 その宣告を聞いたとき、目の前が真っ暗になった。
 一緒にいた母親は気が動転して、どうにかならないのかと、医師に食いかかっていた。

 まるで実感がなかった。

 私は死ぬのだということに。

 どうして私が、と何度も何度も思った。
 行き交う人々のことが恨めしくて仕方なかった。

 どうして私だけがこんな思いをしなくてはいけないのか。

 最初のひと月は、両親に連れられるがまま、いろいろな病院を転々とした。たくさんの検査を受け、そのたびに同じことを通告された。

 足掻いても無駄なのだ。
 私にできることは、ひっそりと死神の来訪を待つことだけ。

 そんな折、ホグワーツ時代の夢を見た。

 セブルスと笑いあった日々。
 心から楽しかったあのころ。

 その夢ではなぜか、ポッターもブラックもリリーさんもセブルスも私も、みんな一緒に笑いあっていた。

 ふと、ポッターとリリーさんはどうしただろう、と気になった。
 案外あっさりと別れていたりして。そんな想像をしたこともあった。

 気になった私は、レイヴンクローの友人に連絡を取った。
 彼女は私と音信不通になっていたことを、最初は怒ったけれど、懐かしがってくれた。
 そして   イギリスで、魔法界での出来事を話してくれた。

 闇の帝王が勢力を増し、ポッターとリリー夫妻は殺害されたということを。


 何かの冗談かと思った。
 ジェームズ・ポッターが……リリーさんが、死んだ?

 あまりに驚いて、何も考えられなくなってしまい、それ以降友人とどういうやり取りを交わしたのか覚えていない。
 彼らの死の衝撃がいくぶん落ち着いてきたとき、私は主席だったポッターが、卒業式でおこなったスピーチの一部を思い出した。

「……特に最後の一年は、あっという間に過ぎてしまいました。きっと年を重ねるにつれ、時間の経過はますます早く感じていくのでしょう。だから僕は、人の持てる時間に限りがあることを胸に刻み、一瞬一瞬、力の限り生きることを、誓います。そして胸を張って、自分が最期を迎えるときには、最高の人生だったと言えるようにしたいと思います」


 この演説を聞いたときは、若くして彼が“最期”という言葉を用いたことに違和感を覚えた。
 けれども、同時に、何か胸を打つものがあった。
 ジェームズ・ポッターは   彼の命が散る瞬間、自分の人生についてどう考えたのだろう。
 彼とリリーさんの間には息子がいたという。
 息子は生き残ったというけれど、彼ひとり残して死にゆくことに未練はなかったのか。

    彼の想いは、わからない。

 ただ、私は、これでいいのか、と思った。

 私は自分の最期を迎えるまで、指を加えて待っているだけでいいのかと。
 後悔はないのか。

 そう自分に問いかけたとき、私は目の前が開けていくような心地がした。

 私は、まだ、生きている。
 まだできることはたくさんある。
 したいことがたくさんある。
 そのための選択肢は、私に残されている。

 突然命を散らすことになってしまった彼らは、さぞ無念だっただろう。
 彼らに比べたら、私は、まだ時間がある。
 何もせず、ただ悲観して生きていくだけでは、やむを得ず亡くなっていった彼らに失礼ではないか。


 私は。
 私の、したいことは。

    私は、会いたい。
 セブルスに会いたい。
 残りの時間をセブルスと過ごしたい。
 これまで散々後悔してきたことを、清算したい。

 そして、私は両親に無茶を言い、ダンブルドアに手紙をしたため、ホグワーツに行くことを決めた。
   


 私の事情を知っていたのはダンブルドアとポンフリーだけだった。
 副作用の強い薬は飲まず、体力を上げたり栄養を補給したりするような魔法薬で誤魔化しながら生活していた。
 それで、辛くはなかった。
 むしろ充実していて   幸せな日々だった。
 だから体調の悪さも吹き飛んでいたと思う。

 でも。それも、寒さが強まるにつれ身体の悲鳴を感じるようになってきてしまった。
 そして今日、もう限界だと思った。


 私は。
 去らなければいけない。
 ホグワーツを。
 セブルスの元を。

 ダンブルドアはすぐに病院を手配してくれて、翌日、私はホグワーツを去ることになった。

「先生……先生には、本当に、感謝しかありません……無理を聞いてくださってありがとうございました」
「いや、いや」

 ダンブルドアはゆっくりと首を横に振る。

「きみの勇気には、わしもずいぶんと励まされたよ」
「勇気なんて……そんなものじゃ、ありません。ただのわがままです。ほんとに……いろんな人に、迷惑しかかけていない」
「自分の願いを叶えるということは、簡単なようでじつは難しい。犠牲にしなければならないものも多いからのう。じゃが、それでも自分の心に従うことを決めたきみは、勇気があると、わしは思うよ」
「そうでしょうか」

 私が苦笑すると、ダンブルドアは少し間を置いて訊ねた。

   セブルスには、何も話さずで良いのか?」

 私は、ダンブルドアの透き通ったブルーの瞳を直視できなかった。

「どうすれば良いのか……私には、わからないんです……。すべて正直に話すか、それともどこまでも誤魔化し続けるか。私は……この結末を知って……それでもセブルスに近づくことを選んだ……セブルスの気持ちを想像しようとすると……胸の痛みしか、残りません……」
「そうじゃの……わしにもどちらが正解かわからぬ」
「はい。いまは……いまはまだ、話せる余裕がないので……病院に行ったら考えます……」
   そうか」

 自分が死ぬとわかっていて、友人面してセブルスに近づくなんて、間違っていたかもしれない。
 セブルスが少しでも私を友だと感じてくれていたら、セブルスを悲しませることになる。
 でも、私は、自分にとって良いほうを選んだ。
 私がセブルスのそばにいたいというその理由で、ホグワーツに来ることを選んだ。

 後悔は、しない。

 死にゆく私の最後のわがままを、セブルスは許してくれるだろうか。



 




 結局、私はセブルスに、「風邪が悪化して病院に行くことになった」と説明した。
 ちょうど帰国の時期でもあったし、治ったらそのまま日本に帰ると。

 当日に私がホグワーツを去ると知らされたセブルスは、さすがに驚愕したようで、目を丸くしていた。
 何も返事がない時間が長く続いたあと、セブルスは言った。

「治るまではイギリスにいるのか?」
「え?え、えっと……うん、そう。ダンブルドアがロンドンの病院を手配してくれて」
「そうか。マグルの風邪に効くかはわからんが、薬を持って行ってやる」

 ずきん、と胸が痛む。
 うれしい言葉なのだけど、いまは、辛かった。
 私は「ありがとう」と中途半端に笑うことしかできなかった。

 唐突に、私の胸中に後悔の念が押し寄せてきて、息ができなくなった。
 セブルスは、私のことを、少なからず友人として、考えてくれているだろう。
 私が死んだら、セブルスはどう思うだろう。
 リリーさんをはじめ、闇の帝王とやらの影響で亡くなった魔法使いは多いという。
 やっとその脅威が去ったと思いきや、私も目の前からいなくなるなんて、セブルスはさぞ後味が悪いだろう。
 悲しんで、くれるだろう、……。

 私は。私は、セブルスも、ダンブルドアや先生方も巻き込んで、なんてわがままだったんだろう。

「どうした?」

 セブルスが怪訝そうにこちらを見てくる。
 目頭が熱い。苦しい。
 いきたくない、病院になんて。
 セブルスと、一緒にいたい。死にたくない。怖い。ここにいたい。ホグワーツにいたい。
 でも、こんなぼろぼろの私がいては、先生や生徒に迷惑がかかる。
 最初から、覚悟していたはずだ。
 セブルスとの最後の瞬間、このときのことは。
 最初から別れがあると、わかっていた再会だった。

 私がぜんぶ、決めたことじゃないか。

 私は必死に自分を奮い立たせて、首を横に振った。

「あ、……ちょっと、喉が、痛くて」
「そうか。喉にいいハーブがある。あとで持っていく」
「……ありがと」

精いっぱいの笑顔を浮かべた。
 うまく笑えているだろうか。
 セブルスに伝えるべき言葉を、ちゃんと言うんだ。

   セブルス。この一年、本当に楽しかった。ありがとう」


 別れの挨拶は、口にできなかった。

 

2020.11.6
ヒロイン視点: 11 --- 12 --- 13
セブルス視点: 11 --- 12 --- 13

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