13. Spring II


 危篤。
 が。

 意味がわからない。
 が危篤?
 たかが風邪で?風邪をこじらせたとでものか?ダンブルドアの勘違いではないのか?

 しかし、近づいて来るダンブルドア表情はこれまで見たことのない悲痛を湛えていた。
    いや、この顔は、かつで見たことがある、……。

は……病気じゃった」

 ダンブルドアは重い腰を下ろすようにゆっくりとそう言い、私に紙切れを渡した。それは羊皮紙ではなく、薄っぺらい質感。マグルの“紙”だった。
 の筆跡で『ダンブルドア先生へ』と書かれている。


 『ダンブルドア先生へ。
 突然このようなお便りを出すことをお許しください。
 私はホグワーツを卒業して日本に帰り生活していましたが、先日、血液の病気で余命一年と宣告されました。
 地獄の底に落とされた気分になりました。
 なぜ私が、と。
 悲嘆に暮れる日々のなかで、ふと思ったのです。
 魔法界では強い闇の勢力により、亡くなった方も多いと聞きます。彼らは自分の死を意図せず、失意のまま生命を奪われた方も多かったでしょう。
 その点、私はあと一年という期間があり、死にゆくまでの準備をすることができます。
 私は恵まれているのではないかと。
 そして、その限られた時間をいかように過ごすか、選ぶことができます。

 私は考えました。
 残りの時間をどう過ごしたいか。

 私は、できることならホグワーツで生活をしたいと思っています。
 大好きだった魔法の箱庭。
 そこで最後の一年を過ごせたらどんなに幸せでしょうか。

 私は、ホグワーツ卒業時にもっとも大切だった友人のセブルスを失いました。
 私から彼の前を立ち去ったのです。
 私は、そのことを深く後悔しています。

 私は、怖かった。
 セブルスが、セブルスでなくなるさまを見ることが。
 彼の心に……どうしても届かないことが、辛かった。

 だから、彼から離れることを選んでしまいました。

 でも、それは大きな間違いでした。

 セブルスの最愛のひとが亡くなったと伺いました。
 セブルスはいま、どのように過ごしているのでしょうか。
 自分のことを恨んでいるのでしょうか。
 後悔をしているのでしょうか。

 いずれにしても、私はセブルスに伝えたいんです。
 私は、セブルスの存在によっていかに救われたか。
 彼に謝罪もしたい。
 
 最後の時間を、そのために使いたいのです。

 すべて、私のわがままで、自分勝手な都合です。

 ホグワーツで何かを教えるということはできませんが、雑用でしたら何でもします。ご迷惑もかけないようにします。
 幸い、薬があれば症状も落ち着いています。

 両親にはまだ話していませんが、説得します。

 どうか、ホグワーツに在籍する許可をいただけないでしょうか』




 何もかもが事実として頭に入ってこない。
 の余命が一年。
 ただただ、その一点だけが信じがたいもので、この手紙がすべて虚実なのだと思わざるを得ない。

は、きみには落ち着いてから伝えると言っておったのじゃが……いま、伝えたほうが良いと思った。わしの独断できみに話をしておる」

 校長の言葉が耳を通り過ぎてゆく。

 つまり、いったい、どういうことなんだ。
 わからない。わけが、わからない。

 ダンブルドアはただじっと私の言葉を待っていた。
 私はただ口先だけで、しゃべった。

「冗談を……手の込んだ悪戯ですか」
「いや、……」
「病気?あいつは元気でしたよ……春や夏には外に連れ出されたし、冬にも、……」

 溢れる花々。
 空を駆ける星。
 白銀の世界。
 すべてあいつと、と見たものだ。
 病人がそんなことをできるはずがない。

「……きみがいつもわしに調合してくれた魔法薬。あれを飲んでおったのは、じゃった」
「な、……」

 そのひと言は、なぜか絶望的な説得力があった。
 私は、老いたダンブルドアに、体力をつけてもらうための薬を調合していた。
 昨年の春ごろから、「最近は腰が痛くなる、身体が怠い」などと言って、ダンブルドアが魔法薬を求めていたのだ。

 それを、ダンブルドアではなくあいつが飲んでいたというのか。
 年老いた老人のための、かなり強い薬だった。ダンブルドアにはまだ早いと考えていたが、ダンブルドアは「いいんじゃ」と笑うだけだった。

 たしかに   近ごろのは、どこか力がなかった。風邪が長引いているのだと思い込んでいた。
 それが。
 それが、……。

 返す言葉が何もない。
 ただ、「うそだ」という言葉しか脳裏に浮かんでくるものはない。

 何かの間違いだ。これは夢だ。騙されているのだ。

「明日、わしはの病院へ行こうと思う」

 私が沈黙していると、ダンブルドアは静かに言った。

「きみはどうする、セブルス」

 何も考えられない。何も理解ができない。何も思い浮かんでくるものはない。
 しかし、私は無意識のうちに頷いていたようで、ダンブルドアが「そうか」とだけ言った。
 ここで私が首を横に振る理由はない。
 病院に行くと、きっとあいつは仮病で私を呼んだだけなのだ、ということがわかるだろう。

 そうに違いないはずなのに。

 この、得体の知れない恐怖はなんだ。

 衝撃がなりを沈めてくると、私は嫌でも理解しはじめてしまう。
 この一年のの言動と、先ほど読んだの手紙の内容が結びついてくる。
 考えたくはない、結論を知りたくはないのに。

 あいつは。
 あいつは、はじめから自分が余命宣告された身であるとわかって   知っていたからこそ、ホグワーツに来たというのか。
 が時折見せた遠くを見つめる瞳も、何かを達観したような表情も、すべて自分の命の限りを悟っていたからなのか。

 もし、もしそうなのだとしたら。
 なぜ話してくれなかった。

 怒り、もどかしさ、苛立ち、悲しみ、嘆き、よくわからない感情が身体中を渦巻いて、もう何を過ごして時をやり過ごしたのか記憶にない。
 気がつくと、朝になっていた。

 

2020.12.

ヒロイン視点: 12 --- 13 --- 14
セブルス視点: 12 --- 13 --- 14

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